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いかに寝て起くる朝に言ふことぞ昨日をこぞと今日をことしと(小大君)
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フレディ・マーキュリーのことは知っていましたし、クイーンの曲も有名どころはもちろん口ずさめますが、その歴史までは詳しくありません。
彼がゲイであることも知りませんでした。
上映中に観客がまるでライブ会場にいるかのように歌い出したり、何度も映画館に足を運ぶリピーターが増えたりしたという評判は聞いていたので、どんな作品なのだろう、クイーンのファンでなくても楽しめるのかなと少し心配でしたが、実際視聴して見たら杞憂に過ぎませんでした。むしろ今さらクイーンファンになってしまいそうでした。
展開はスピーディです。フレディが学生バンドに参加してトントン拍子に人気バンドになり、数々の名曲が作られ、やがて自分の性指向に気づき、メンバーと確執が生まれ…と、非常にわかりやすい流れで描かれているので、主人公に共感しながら話に入り込めます。
天才は、孤独に見えます。
『聖の青春』でも書きましたが、凡人とは違うところを見て、違う次元で生きているがゆえに、天才のまわりには理解者が少ない。思いをわかちあうはずのメンバーはそれぞれ家庭を持ち、帰って安らげる場所がある。しかしゲイであるがために一生を共に生きるはずだった女性が去ったあと、残ったのは、自分の名声やお金を目当てに群がる蠅のような腐った人間たちばかり。孤独なフレディは、その出まかせにすぎない甘い言葉に身を委ねてしまいます。偽りの快楽であることを知りながら、それでも孤独を癒すには闇へ堕ちていくしかなかったのです。身も心もボロボロになった頃、ようやく自分を思ってくれる友の言葉で、もとの世界に還る決意をしたフレディ。メンバーも彼の誠意を受け入れてくれました。フレディの身は病に侵されていましたが、残り少ない命をバンドのために捧げることを誓います。
伝説となったライブ・エイド。そのシーンは圧巻でした。あとで実際のライブ映像を見ましたが、ピアノの上のコップの位置まで忠実なのには驚きました。舞台を所狭しと動き回り、その広い会場のみならず、世界の隅々まで歌声を届けたフレディのパフォーマンスは、時と場所を経てもなお心を震わせる威力がありました。
カリスマとは、こういう人のことを言うのだと思いました。
ピアノに指を置いたその第一音で背筋が伸び、最初の声で身体に電流が走る、曲が進むにつれて彼しか見えなくなり彼の声しか聞こえなくなり、彼の作り出す世界に連れ込まれてしまう、そんな体験はおそらく生まれてはじめてかもしれません。
会場の観客と同じように、涙があふれて止まりませんでした。それまでの経緯――彼の生まれながらのコンプレックス、偏見による苦しみ、孤独、あらゆる感情が積み重なって構築されたライブシーンでした。
淡々と時系列を追い極力説明的な台詞を排除した構成も、バンドメンバーになりきった俳優陣も、ライブシーンの脚色も、すべてが完成された作品でした。











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もう四半世紀以上も前の映画。もちろん当時からそのタイトルは知っていましたが、鑑賞することなくそれだけの時間が経ってしまいました。ジョニー・デップもレオナルド・ディカプリオも今の面影はまるでない。ディカプリオの演技には目を瞠りました。この演技力がありながら『タイタニック』でただのイケメンボーイ扱いされてしまったのなら、そりゃ本人もショックだったでしょうね。
さびれた町で、家族の世話にあけくれるギルバート。かつて美しかった母は夫を亡くしたショックで過食症になり、弟は知的障害者。小さな店で働きながら、弟と母の面倒を見る。それが自分の一生だと諦めにも似た思いで生活してきた彼ですが、ある日各地を旅する少女と出会ったことで、人生観が変わっていきます。
日々を淡々とやり過ごすギルバートのように、ストーリーも淡々と進んでいきます。特殊な環境をあたりまえのように享受してきたギルバートは、ことさら自分が不幸であるとか過酷であるとかは主張しません。しかしそれは自分の本当の思いから目をそらしてきただけで、人並みに同年代の女の子に恋をすれば、若者らしいあらゆる欲求が目を醒まします。町に、家族に縛られて生きてきた彼は、はじめて自分の思いをぶちまけ、感情にまかせて故郷を出ようとします。
しかし、できませんでした。
この町を、家族を大切に思う心も、また本当の自分だからです。
自分を大切にすることは、何かを切り捨てることではない。
家族と自分しかいなかったこの世界の外には、あらゆる存在がありました。
恋人。彼女が通ってきたたくさんの場所。慈愛。優しさ。光とモノがあふれる大きなスーパー。弟が鉄塔のいちばん上から見た景色。母が自分に向けた愛。
自分を縛りつけていたのは自分自身であったことを知ったギルバートは、広がった世界の外へ旅立つ勇気を手に入れます。その先に、果てはありません。無数の選択肢から自分の手で選び取った未来へ向けて、進んでいくことでしょう。
自分を縛るものなんて、本当は何もない。
未来の可能性は無限であることを知る。それが青春なのだと思うのです。









●万引き家族:★★★★★

疑似家族の人達の温かい繋がりと崩壊を描いただけの映画なんですが、家族一人一人の性格や心情、「家族」への思いが丁寧に描写されているので、全員に感情移入できます。だからこそ、後半の崩壊が胸に突き刺さりますね。この家族の形が良かったのか悪かったのか、両方に解釈できるところがこの映画の良さです。だからこそ余韻が残りますからね。

●殺人の告白:★★★★☆

この映画はすごくもったいないです。ストーリーは本当に素晴らしいです。時効成立後に犯人が出てきてイケメンだからアイドルになるというつかみが面白いですし、終盤明らかになるその理由にも納得です。しかし、時々出てくる韓国映画のしょうもないコメディのノリと、ダラダラとしたカーアクションが、この映画の価値を下げていますね。

●プリデスティネーション:★★★☆☆

映画の中でも出てくる「鶏が先か、卵が先か」のジレンマを描いているんですね。主人公は父でもあり母でもあり子でもあり、自分を産むし自分を殺します。そんな斬新な話を破綻なくわかりやすく描いており、完成度はすごく高いですね。SF好きにはたまらないと思います。しかし僕みたいな文系のおっさんには「よくできた映画だなあ。」で終わってしまうのが悲しいですね。

●へレディタリー/継承:★★★☆☆
 
この映画は怖いですよ。僕はホラー映画で怖いと思う映画は少ないので、いい映画なんでしょうね。前半は数々の不愉快で謎めいた描写で気持ちを不安定にさせて、後半はどんどん謎を明らかにして真実に気づかせて怖がらせるパターンですね。ただ、兄が悪魔に乗っ取られて終わりというラストは、何の捻りもなかったですね。それが家族の宿命と言われればその通りなんですが。

●ゾンビランド:★★★☆☆

バカバカしいタイトルでくだらないストーリーですが、何かいいですねこの映画は。登場人物もみんな魅力的ですし、明らかにこれは絶対絶命だろという場面でもご都合主義な展開で全員生き残るんですが、全員生き残って素直に良かったと思えますからね。テンポも良く、退屈もしません。この監督は「ヴェノム」の監督ですね。良かったですね才能が認められて。

●ボヘミアン・ラプソディ:★★★★★
 
映画のテーマは家族や仲間というとてもベタなものです。構成も成功から挫折、復活というありがちなもので、ストーリーも陳腐です。僕は洋楽は聴かないのでクイーンに何の思い入れもないですし、ゲイやエイズなどの社会問題についても興味はありません。しかし、最後のライブシーンはむちゃくちゃ感動してしまいましたね。世間の人もきっとそうなんでしょうね。

●ダンサー・イン・ザ・ダーク:★★★☆☆

事件後から主人公の息子が出ません。ラストで主人公の友人が、息子の手術が成功したと眼鏡を渡すのですが、失明でも眼鏡は不要になるし、あの場面では嘘もありえるから、本当に成功したかがわかりません。なので母の息子への献身的な愛情を描いた映画と素直に思えないところが、この監督の良い意味で狂っているところです。しかし、間違いなく心に残る映画ですね。

●パッドマン 5億人の女性を救った男:★★★★★

この映画も「ボヘミアン・ラプソディ」と一緒で、ストーリーや構成はシンプルなんですが、終盤の主人公の国連での演説シーンは理屈抜きで感動してしまいましたね。僕のような女性蔑視で、生理に対する理解もない男は、この主人公のような生き方は絶対にできないので、より感動は大きなものになります。ただ、僕なら苦労を共にしたパリーと一緒に生きていきますけどね。

●ブラインドネス:★★☆☆☆
 
設定は面白いのですが、設定が面白いだけで、話の展開もテーマも詰めが甘くて消化不良でしたね。目が見えないことにより人間同士が心が通じ合うように神が試練を与えたとしても、収容所から脱出して歩いている時に普通にはぐれた奴いましたしね。目が見える主人公は収容所で王のような存在になれるはずなのに、チンピラになすがまま犯されるのも意味不明です。

●ブロークバックマウンテン:★★★★★
 
「ライフ・オブ・パイ」の監督ですね。この監督は何とも言えない余韻を残すのが上手いです。今回もすごくいい映画のような気がしました。騙されているような気もしますが。ただ、僕は同性愛には全く興味がないし、むしろ軽蔑の対象ですが、そんな人間の心にも何かを残してくれるのは間違いないですね。ヒース・レジャーは死んじゃいましたが演技が本当に上手いですね。

●ディセント2:★★★☆☆
 
1と同じく洞窟という閉塞感のある空間の中での独特の緊張感が面白いですし、ラストで急にジジイが出てくるところもびっくりしましたが、今回は1と違い洞窟の中に化け物がいるのをこちらが知っていますから、どうしても1よりインパクトが弱くなってしまいます。やっと洞窟を出て病院のベッドで寝ている主人公が、もう1回洞窟に入る展開も強引すぎましたね。



時効の過ぎた凶悪事件の犯人がみずから名乗り告白本を出版する――衝撃的なイントロダクションで、あっという間に惹きこまれます。
顔出しして会見を行ったことで、一躍時の人となった曾根崎。もちろん世間には賛否両論渦巻くこととなりますが、彼はそんな社会の混乱もまるで楽しむかのように悠然と振る舞い、被害者遺族の前に現れたり、サイン会を行ったりします。
解決できぬまま時効を迎えてしまった無念をずっと抱え続けた、事件の被害者でもある刑事・牧村、事件を追い続けたニュースキャスター・仙道、そして被害者遺族、曾根崎の行動に振り回される彼らを中心に、物語は展開します。
だらだらしがちな邦画にはめずらしく、テンポ良く進んでいきます。中盤の衝撃的な種明かしも、冷静に振り返ってみれば牧村の行動がやや矛盾していたにもかかわらずそれを感じさせない演出がなされていたおかげでまったく予想がつきませんでした。その時点で仙道が真犯人であることは推測できましたが、トーンダウンすることもなく、ラストまで疾走感を失いませんでした。藤原竜也・伊藤英明・仲村トオルという濃いイメージのある俳優が、抑えた演技でその謎めいた世界観を表現していたおかげであるとも思います。とくに藤原竜也は素晴らしかったです。『カイジ』のような「動」に振り切った役柄も嵌っていましたが、こんな「静」の枠の中で感情の振り幅を見せることができるとは思いもしませんでした。
ヤスオーが韓国版を評価していたので日本版を観てみたのですが、映画作品としては日本版のほうが出来が良いが、こういうおどろおどろしい題材を扱うのは韓国の方が向いているとのことでした。刑事がゴーストライターで作家は刑事の妹の婚約者という種明かしはどちらも同じですが、韓国版は真犯人の動機には言及されていないようです。仙道のホワイダニットに重点を置いたラストは、確かに日本的な描き方であるかもしれません。











是枝監督は「家族」を描くことをひとつの命題としているのだろうなと思っています。『誰も知らない』『歩いても 歩いても』もドラマ『ゴーイング マイ ホーム』もやっぱり家族の話でした。人が生を享けて最初に属するコミュニティ、その重要さは言うまでもありません。
ただこの作品に出てくる「家族」に、血のつながりはありません。
初枝おばあちゃんと信代・治の娘夫婦、夫婦の子祥太、信代の妹の亜紀の五人家族、と思いきや、実は誰ひとり血がつながっていません。下町の古く雑然とした狭い家の中、治は日雇い、信代はクリーニングのパート、亜紀は風俗、初枝のわずかな年金、そして治と祥太の万引きで、生活は成り立っています。
そんな、社会から置き捨てられたような貧しくて歪んだコミュニティに、親から虐待を受けていた放置子のゆりが参加します。
普通なら見て見ぬふりをするか、警察に通報して終わりのところ、普通でない一家はゆりを受け入れます。亜紀を、祥太を受け入れてきたように。さらには信代と治を受け入れてきたように。
万引きしてきた食料を食べ、シャンプーを万引きしてこなかったことに文句を言うような、常識のいっさい通用しない空間だからこそ、常識外の愛も生まれるということを、この「家族」は常識内で生きているつもりでいる我々に突きつけてきます。
もちろんその愛が絶対的に正義であると訴えているわけでもありません。そのコミュニティはやがて崩壊します。きっかけは、万引きに懐疑的になった祥太の抵抗でした。
自分の置かれた環境が常識外であることは最初からわかっていて、どこか冷めた気持ちでその世界を受け入れていた祥太。彼は大人たちによって、常識内の世界へ戻されようとしています。聡明な彼なら順応はたやすいことでしょう。しかし、過去をなかったことにはしないはずです。あの汚い家にあったもの、自分に向けられた愛すべてが真実だったことを理解しているからです。
思慮浅く愚かで、それゆえに貧困のループから抜け出せず犯罪を重ねる治と信代。だからこそ、秩序や良識を超えた愛がありました。
自分を捨てて出ていった夫を許せず、新しい家庭を壊すために孫の亜紀を手なずけ、夫の死後も息子から金をせびり取る初枝。狭い家に増えていく「家族」を、彼女はなぜ受け入れていたのでしょうか。憎しみの対象であるはずの亜紀に向けられていた優しさは、果たして復讐のためだけのものだったのでしょうか。海ではしゃぐ「家族」を見守るその目は、まさしく慈愛に満ちた祖母のものでした。たとえ偽物であったとしても、決して手に入ることはなかったしあわせな「家族」の景色、それを目に焼きつけて逝った初枝は、果たして最期まで報われぬものだったと決めつけて良いものでしょうか。
犯罪は、犯罪。だからこそ信代は収監され、祥太は施設に入り、ゆりは家に戻されます。それが社会の正しいありかたです。法治国家はそうあるべきだとも思います。
ただ、そこに確かに存在していた愛まで否定することは誰にもできません。
それは祥太の、そしてゆりの、家族のそれぞれのこれからにきっといつまでも残り続け、人生の行き先を示す灯りとなり続けていくのだろうと思うからです。

わずかなカットでその人物の生い立ちや関係性まであぶり出す是枝監督の手腕はさすがです。もちろんそれに応えた子役含め俳優陣の素晴らしさは言うまでもありません。
安藤サクラは福ちゃんよりも、やはりこういった役柄でこそ映える女優だとつくづく思いましたし、同じ祖母役でも『歩いても 歩いても』とはまるで違う所作を見せた樹木希林も強く印象に刻まれました。
世界での高い評価もうなずける出来栄えでした。





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