フィギュアスケート女子シングルは、波乱の結果に終わりました。
波乱、と形容して良いものなのかはわかりません。 ただ、坂本選手が銅メダルを獲得した喜びよりも、ワリエワ選手のあまりの痛ましい姿に、こんな風景をオリンピックで見ることになろうとは想像もしておらず、ただただつらい終幕でした。 SP15位で迎えた河辺選手。トリプルアクセルはステップアウト、その後もミスが続いて結果23位と本人にとっては悔しい結果になりました。調子を合わせられなかったのかもしれません。アイスダンスも含めて選考過程を疑問視する声を目にしましたが、選考会で上位に立ったうえで勝ち取った権利なのですから結果論で物申すことは好みません。ただでさえコロナ禍で大会の機会が減っている若い選手にとっては貴重な経験だっだでしょうし、世代をひっぱっていく代表としてこれからも高難度ジャンプに挑み続けてほしいです。 このところ北米選手の表彰台はめっきり減ってしまいましたが、個人的に注目していたのがアメリカのマライア・ベル選手。北米らしいスケールの大きさと優しいスケーティングが大好きです。25歳の全米チャンピオンとして臨んだこのオリンピックでも、その世界観を堪能させてくれました。 若い選手の溌溂とした演技も良いですが、ベテランにしか出せない味というのもフィギュアの醍醐味です。おそらくそれを表現力と呼ぶのだと思います。 圧倒的なスピードを武器にシニアに参戦し、スーパー中学生と呼ばれていた樋口選手も、年齢を重ねて本当に魅力的なスケーターになったと思います。平昌代表を逃して北京だけを見据えて戦ってきたこの4年間で、3Aだけでなく、樋口選手にしか作り出せない情感という武器を手に入れました。優しさに包まれるSPと、力強い生命力にあふれたFS。まったく異なるふたつの世界を見事に演じ分ける姿に、感動と勇気をもらいました。FSでは転倒もあって全日本と較べると少し勢いを欠いてしまったように感じますが、2回とも決めた3Aは本当に素晴らしかったです。初のオリンピックで5位入賞という結果は立派であるものの、悔しさはきっとあるでしょう。それでも試合後のインタビューは、今まででいちばんすっきりしていたように見えました。新葉ちゃんがすべてを出し切れたのなら、そのうえでさらに高みを目指して進んでいけるのなら、いちファンとして本当に良かったと思います。 SP4位のトルソワ選手が4回転5本を跳んで3桁の技術点をたたき出し、1位に躍り出た直後に登場した坂本選手。団体戦の時よりずっと落ち着いて見えました。演技後のグリーンルームで、4位に落ちて席を立つ樋口選手に「私もすぐそっちに行くよ」と声をかけたそうですが、おそらく本人は3位になれると思っていなかったのでしょう(私も思っていなかった…)。滑走前も、メダルは意識せず、自分のできることをやりきろうと覚悟を決めたように見えました。平昌のかわいらしいかおちゃんとはまるで違う、大人の坂本花織がそこにいました。「強さ」を感じる演技でした。持ち前のスピードは最後まで失われることなく、力強いジャンプもステップもスピンも、要素のすべてがその流れの中に組み込まれ、あっという間に4分間が過ぎていきました。フィニッシュでは、すべて出し切れた、そんな安堵の表情に見えました。 2位のシェルバコワ選手が4回転を含めた完成度の高いプログラムを滑り切って首位に立ち、そして最終滑走はワリエワ選手。 SPを終えてからも、批判は鳴りやみませんでした。その声が本人に届かないはずはなく、そしてたった15歳の彼女がその細い身体ですべてを受け止めきれるはずもなく。 今までの選手とは異なり、同じ4分間がとても長く感じました。 点数が出て、その横に表示された数字は「4」。その瞬間、坂本選手の3位が確定しました。日本女子フィギュア4人目のメダリストが誕生したのです。喜ばしい、晴れがましい、歴史的瞬間のはずでした。しかし実況も解説もなかなか適切な言葉を探せずにいました。テレビの前の私たちも、泣き崩れるワリエワ選手を前にしては、素直に喜べませんでした。 寄り添っていたエテリコーチは、慰めているのだとばかり思っていました。 試合終了時グリーンルームにいたのは坂本選手とシェルバコワ選手だけでしたが、演技後トゥルソワ選手がコーチに向かって泣き叫んでいたという報道もありました。 ワリエワ選手が4位になったことで行われたセレモニーで、満開の笑顔は坂本選手だけでした。 本来ならいちばん喜んでいるはずのシェルバコワ選手は「空っぽ」と言いました。奇しくも4年前、同じエテリ門下のメドベージェワと金メダルを争い勝利したザギトワも、同じ言葉を残していました。 ロシアでいったい何が起きているのか、それは知る由もありません。 そしてフィギュアが常にクリーンで純粋な競技であるとも思っていません。 それでも、素直に楽しみにしていたのです。 後味の悪いものになってしまったことは悲しいです。 それはおいておいて。 シェルバコワ選手の演技は圧巻でした。4回転の本数こそトゥルソワ選手には及びませんでしたが、密度の濃いプログラムを最初から最後まで滑り切り、すべての要素を完璧にこなしました。ロシアらしい気品に満ちていて、威厳すら感じさせるものでした。 トゥルソワ選手は、SPにミスがなければ金メダルだったと思います。つまり3Aに挑戦しなければ、FSで確実に上回れたはずです。しかし彼女はあえて挑戦を選んだ。その意気や良しです。感情を昂らせた本当の理由はわかりませんが、いつか3Aを決めて笑顔になるトゥルソワ選手を観たいです。 そして坂本選手。高難度ジャンプこそないものの、完成度の高いプログラムはこれもフィギュアと唸らされました。技術力と完成度、フィギュアスケートはどちらを重視すべきかというこの問答は永遠に答えは出ないと思いますが、たとえばジェイソン・ブラウン、カロリーナ・コストナーのように、高難度ジャンプがなくても評価されているスケーターは存在しますし、価値があるとも思います。坂本選手もすでにそんな素晴らしい選手のひとりであると感じましたし、彼らのような息の長いスケーターになってほしいと思います。 PR |
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