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いかに寝て起くる朝に言ふことぞ昨日をこぞと今日をことしと(小大君)
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『アシガール』
原作が終わっていないのに最終回、タイムスリップの結末はどうなるのだろう? と危惧していたら、続編を示唆してのハッピーエンド。とはいえ、なかなかうまい終わらせ方でした。
このドラマの成功要因は、とにかく主人公がかわいかったこと。無謀な恋と知りながらもつい応援したくなる、唯のいちずさでした。ここまでアホの子に徹することができる黒島結菜ちゃんの熱演にあっぱれ。途中から走り方もさまになってきましたし、「振り切った」感もよく出ていました。
が、放送中にもっとも評価をあげたのは若君さま。最初は慣れない時代劇のせいか所作や台詞回しに固さがありましたが、ぐんぐん爽やかイケメンの若君っぽくなってきて、殺陣も見事な太刀さばき。「こりゃ唯も惚れるわ」なカッチョよさでした。健太郎という若手俳優をそれまで知らなかっただけに、現代劇が想像つかない…。それほど、平成にタイムスリップしてきた時の長髪制服姿がイケメンすぎました。
成之も憂いがあって良かったです。栄輔さんにはやはり陰を背負った役が似合う。原作の阿古姫へのプロポーズは唯の心の声と同様感動的だったので、同じ言葉で聞きたかったなあ。
成之母の設定や時間軸が前後していたエピソードなどの変更箇所も、原作を壊さず破綻しないように練られていて不自然さはありませんでしたし、小道具から所作指導までさすがNHKと思うほど細部まで丁寧でした。不満になりがちな漫画原作のドラマ化で、ここまで満足させてくれるとは思いもしませんでした。その前の『みをつくし料理帖』が不満タラタラだっただけに…。
続編の制作は、原作の最後を待ってからでしょうか。唯ちゃんと若君が大人になりきらないうちに、なるべく早く作ってほしいなあ。
あと、しょっぱい顔の小平太が見られなかったのも少し残念。来るべきこのシーンのために金田をキャスティングしたのではないのか!? え、違う?

『刑事ゆがみ』
弓神と羽生の凸凹ぶりで笑わせたかと思えば、事件の真相を知ってじんわり泣かせてくれる、硬軟取り混ぜた良質なバランスは最終話まで失われることはありませんでした。最後はそれまで謎の存在であったヒズミの正体と弓神の過去が2回に渡って描かれましたが、弓神・羽生コンビのバランスが崩れても、全体を通してスピード感と緊張感を保ったままラストの盛り上がりに持っていく作り方が素晴らしかったです。初回から最終回までまったく無駄な部分がなく、こんな良作はひさしぶりでした。
弓神と羽生はじめ、俳優陣の好演も質を高めるものでした。弓神の二面性ぶりを体現した浅野忠信や腹黒な羽生をいやみなく演じた神木隆之介はもちろん、すぐ手、いや足が出る高齢独身上司の菅能は稲森いずみであることを忘れるほどのかっこよさでした。毎回のゲストも一話のみの出演だけでは惜しいほど豪華。ラスボスがオダギリジョーというのも、文句のつけようがありません。それにしても、斎藤工に続いて、これ以上詐欺師が似合う男もいないリリー・フランキーまで脇の脇で使うとは…豪華にもほどがある。
それまであまりいい印象を持っていなかった山本美月も、色気を消してなりきっていました。最終回は泣かされました。
結局ヒズミは声を取り戻し過去を浄化したものの、横島は逮捕されることはありませんでしたが、続編なしでこのまま終わってもいいな、と思える爽快なエンディングでした。

『監獄のお姫さま』
最後までクドカンテイスト満載でした。結局、ほぼクリスマスの夜と回想だけで尺を費やし、「二、三か月経ったような気がする!」と監禁された伊勢谷友介がぼやく場面には思わず吹き出しました。
馬場かよが元やり手の銀行ウーマンに見えなかったり、晴海がオバサン側に転がる理由が薄く感じたり、随所に雑な部分は感じましたが、しかしそれらがどうでもよくなるくらいのパワーがクドカン作品にはあるのだと思います。
役者がイキイキしているのも共通項。おなじみのクドカン組は、クドカン脚本で演じる際のあうんの呼吸を心得ているのでしょう。
クドカン作品は『あまちゃん』くらいしか見たことがなかったのですが、2019年の大河もこんな感じのノリなのでしょうか。いったいどうなるのでしょう…「大河」というブランドは求めないほうがよさそうですね。

『明日の約束』
視聴率の低さでやや話題となりましたが、高校生の自殺、いじめ、家族間の確執というテーマがテーマだけに、仕方ないところです。
かつては子ども視点で感じていたそれらの問題を、今はあれほど疎んじていた大人の感覚でとらえるようになりました。
だから最終回で日向が生徒たちへ送った「生きて」のメッセージも、素直に受け取れました。
悲しみ、苦しみ、救い、喜び。日々重なるさまざまな感情を織り上げて、誰しもの生はある。圭吾の死と対比するかのように、子どもも大人も、全員のそれら生の日々を毎回丁寧に描いていたからだと思います。
そして圭吾がなぜ死を選んだのか、結局ラストまで明確にされなかったことも逆に効果的でした。誰かが死を選んだ時、なぜ、を追い求めがちになりますが、直接的原因があきらかになればそれでこの一件は社会的に落着してしまいます。圭吾が言葉で語らない――否、もう二度と語れない以上、圭吾にかかわったすべての人にとっては、圭吾がもうこの世にいないという事実以上に重要なことはありません。だからこそ、明日を生きていくための日向のメッセージは心に強く刻まれるのです。
もっとも、現実がドラマ以上に残酷であることも、否定しようのない事実です。かつては「死んではいけない」という論調で終わらせるドラマは薄っぺらいと感じていましたが、せめてドラマの中だけでも救いがあってほしいと感じるようになったのは、私がトシを取った証拠なのかもしれません。


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