興奮の連続だったオリンピックも、いよいよ残りわずかです。
祭典の終盤を飾るのは冬季五輪の華、フィギュアスケート女子シングル。 団体戦では悔しい結果だった宮原知子選手、坂本花織選手が、おそロシアに挑みます。 同じ過ちはくり返すまじと、録画はバッチリ高画質。 第4グループのトップで登場した坂本選手。緊張感は少し見え隠れしていましたが、力強いスケーティングは戻っていました。スピードがあれば持ち味のジャンプは大丈夫。ノーミスでガッツポーズ、パーソナルベストの得点にこちらも笑顔になりました。 坂本選手暫定1位で迎えた最終グループは、メドベージェワ選手から。 滑るたびに演技の濃密さが増していきます。最初から最後まで、まばたきするのも惜しいくらい。この選手はどこまで進化していくのでしょう。自身の世界最高得点を更新する81.61点をたたき出しました。 大歓声の中でも、宮原選手は冷静でした。慎重な踏み切り、丁寧なステップです。3-3回転でまた黄色ランプがついた時には机をたたきたくなりましたが、八木沼さんも「大丈夫!」と断言するほど今までとはあきらかに質の違う高さのあるジャンプで、団体戦での低評価にもくさらず個人戦へ向けて短期間にコツコツ練習を積み重ねてきたことが伝わりました。結果は緑ランプに変わり、点数が出た瞬間のキス&クライの笑顔にはこちらも胸を撫でおろしました。 ケイトリン・オズモンド選手のエディット・ピアフは代名詞になりそうな名プログラム。雰囲気にのせたジャンプの高さと楽曲の持つ力強さを体現するようなステップ、唸らされました。 絶対女王・メドベージェワ選手に欧州選手権で土をつけた同門のザギトワ選手。3Lz-3Loってこんな簡単に跳べるんでしたっけ? もはや「私、失敗しないので」な貫禄さえ感じます。十数分前の世界最高をさらに更新する衝撃の82.92点。え、ほんとに15歳? 団体戦の疲労が懸念されたコストナー選手でしたが、やはりミスが目立って6位と出遅れてしまいました。それでもため息が出るようなスケーティングの美しさは若い選手にはない魅力です。 SPの最後を飾ったのはソツコワ選手。最終滑走のプレッシャーのせいか動きが硬く、ソツコワ選手らしい優雅さがなりをひそめてしまいました。五輪前はOARの表彰台独占もあるかと思われていましたが、12位スタートと意外な結果になってしまいました。 宮原・坂本両選手はどちらも初のオリンピックでパーソナルベストと、いいスタート。 すべてが決まるFS最終グループは宮原選手からとなりました。 音楽が鳴り始めて動き出した瞬間から、キレがありました。いける、と感じました。美しい3Loから高さを会得した連続ジャンプ(だからなんで黄色つけるの!)につなげ、宮原選手の持ち味である逆回転スピンで歓声を誘ってからはもう会場は宮原選手だけの世界。唯一の不安材料だった3Sも成功。指の先まで美しい『蝶々夫人』は、最後の一音まで全身全霊を捧げるようなプログラムでした。練習しなければガッツポーズもできなかったという宮原選手。完璧を追求するまじめな性格のあまり、どれだけノーミスの演技をしてもまだガッツポーズするような演技ではないと考えていたのかもしれませんが、今日ばかりは自然と湧き出る感情にまかせ両手を振り上げたように見えました。謙虚な宮原選手に「メダルが欲しい」と思わせる、それほどリンクに思いを残すことなく今のすべてを出し切った演技だったのだと思います。結果はメダルには届かなかったけれど、宮原選手がくれた至高の4分間はファンの胸にしっかりと刻まれました。入賞おめでとう、最高のガッツポーズをありがとう、さっとん。 コストナー選手のFSは『牧神の午後への前奏曲』。バンクーバーの翌シーズンの使用曲で、大好きなプログラム。ジャンプミスは少し残念でしたが、あの頃よりいっそう洗練された、彼女にしか表現することのできない澄み渡った世界を見せてくれました。最後まで柔らかい笑顔でした。かつては思うような滑りができなくてフィニッシュ後悲愴な表情をしていたこともありましたが、すべてを乗り越えてこの境地にたどりついたコストナー。いつまでもコストナーのスケーティングを見ていたいけれど、年齢的なこともあるので毎年のことながら去就が気になります。 シニア参戦1年目で最終グループに勝ち残った坂本選手。それだけでも立派なことなのに、3Loの着氷をミスした以外はほぼ完璧に滑り切りました。ただこの猛者たちの中だと、演技構成の面で見劣りしたことも事実。笑顔でしめくくったものの随所ににじみ出ていた悔しさが、きっと坂本選手をこれからひとまわりもふたまわりも成長させてくれるはず。それでも、はじめてのオリンピックで堂々たる演技、坂本花織の存在は世界じゅうのフィギュアファンの胸にしっかりと刻まれたことでしょう。6位入賞おめでとうかおりん。今のかおりんにしか演じられない、かわいい『アメリ』でした。 ザギトワ選手が後半の3Lzからの連続ジャンプを失敗した際はドキッとしました。それでも後半も後半、単独3Lzに3Loを付ける鬼リカバリー。「私、失敗しても大丈夫なので」と、最後まで自信に満ち満ちた『ドン・キホーテ』でした。 後半にジャンプを固めるという極端な構成が物議を醸しています。ザギトワ選手のずば抜けた身体能力を前にしたら、エテリコーチも批判覚悟で暗黙の了解を破りたくなったのかもしれません。 ザギトワ選手は、この字面だと美しくない予定構成をしっかりひとつのストーリーとして演じ切っています。序盤のステップも決して手抜きはしていないし、後半の音楽の盛り上がりとともに密度の濃いつなぎを入れながらたたみかけるジャンプ、しかも現在最高難度の連続3回転を入れた7つの要素は、ひとつ失敗すればすべての流れを失ってしまう危険も孕んでいます。しかしザギトワ選手は、その危険の可能性を限りなくゼロに近いところまで滑りこなしてきています。 戦略として取り入れる選手が増えてくるという危惧もあるようですが、ここまで完成度を高められる選手が今後果たして現れるでしょうか。才能だけでは絶対にたどりつけない努力の歳月を15歳の少女が10年も捧げてきたという事実に畏怖すら感じました。 現在3位の宮原選手のメダルを左右するオズモンド選手。FSはやや苦手にしている印象がありましたが、この日は気迫が違っていました。冒頭から連続ジャンプを次々着氷、スピードと高さは全選手の中でもトップクラス、圧倒されました。3Lzの着氷で乱れましたがすぐに立て直しました。このプレッシャーの中で、オズモンド選手はその個性である可憐さと力強さを余すところなく体現し、白いリンクに羽ばたく美しい黒鳥となりました。北米の美ここにあり、素晴らしい『ブラックスワン』。銅メダルにふさわしい最高のプログラムでした。オズモンド選手も怪我に苦しんだ時期があっただけに、見る側の感慨もひとしおでした。 (小声)でもちょっとミスを期待してしまったブラックな自分…。いや、好きなんだよオズモンド…でも、でも、やっぱりさっとんにメダル取ってほしかったさ…。 最高の戦いに幕を下ろす最終滑走は、メドベージェワ選手の『アンナ・カレーニナ』。 冒頭の単独ジャンプにセカンドジャンプをつけてきました。確実性を選んだとはいっても、ザギトワ選手を超えるには技術点の減少は避けたいはず。ジャンプもステップも少し身体が重たいように見えました。状態が良くなかったのでしょうか。 世界の中心に躍り出た頃は、メドベージェワ選手の演技があまり好きではありませんでした。加点を狙うタノの多用がジャンプの流れを止め、プログラムの美しさを損なっているように映ったからです。今でもその印象は変わりません。 それでも、年々広がりを見せるメドベージェワ選手の世界に惹きつけられずにはいられませんでした。 音楽が鳴って、そして鳴りやむまで、リンクはメドベージェワ選手が紡ぎ出すさまざまな物語の舞台になります。銀盤の向こうに凍てつくロシアのプラットホームが見えました。冷酷な警笛が響きました。滑り出しから見る者を自分の世界に惹きこむ力、それはザギトワ選手をもってしても超えることはできない、メドベージェワ選手が技術以上に磨き上げてきた芸術です。 このFS、ザギトワ選手とメドベージェワ選手の得点はまったく同じ。メダルの色を分けたのは、SPの技術点でした。オリンピックというスポーツの祭典で、より難度の高い構成に挑んだザギトワ選手に軍配が上がるのは、やむなしかと思います。 それでも。 4年に一度のオリンピック。金メダルに輝くには、才能も努力も必要なことはもちろんですが、運という要素も大きく関係していることを感じずにはいられません。 演技後、メドベージェワ選手は大歓声の中で顔を両手で覆い嗚咽しました。世界女王として臨んだオリンピックの最終滑走、プレッシャーの中素晴らしい演技で滑り切った彼女の胸にはさまざまな思いが交錯したことでしょう。涙の止まらないまま得点が表示され、自身の名の横に「2」が表示された瞬間の茫然とした表情、慰めるように抱き寄せるエテリコーチ。こちらも涙を禁じ得ませんでした。 この2年、メドベージェワ選手は絶対女王として女子フィギュア界に君臨しました。平昌の金は彼女のものであると信じて疑いませんでした。まさかそのオリンピックイヤーに年齢制限ぎりぎりの後輩が台頭し、自身は直前に怪我を負い、母国が参加資格を失うなどとは、おそらく本人も想像だにしていなかったに違いありません。オリンピックのため血を吐くような鍛錬を重ね痛みに堪えてきたのは皆同じであったにしても、世界女王というプレッシャーは彼女ひとりにしか与えられない重圧でした。 あらゆる試練と戦い続けたメドベージェワ選手に、金メダルをかけてほしかった。それが正直なところです。 しかし、この超ハイレベルな戦いを制して「心に穴が開いた」と語るザギトワ選手も、いったいその小さな背中にどれだけのものを背負っていたのか。ロシアのお国柄もあるかもしれませんが、羽生選手とはまた異なる金メダリストの言葉の重みでした。 一夜明け、すわ後半ジャンプ固め打ち禁止のルール改正報道が流れました。確かにこのままでは、ジュニアにも有力選手を抱えるロシア一強の時代はそうそう変わりそうにありません。ここ数年まるで太刀打ちできなかったアメリカや日本もふたたび表彰台への希望を見いだすことができますし、3Aやセカンド3Loなど高難度ジャンプを取り入れる選手も増えてくるかもしれません。 が。ザギトワ選手のやりかたは間違っていると言わんばかりの素早さですね。審判団の国籍公表にはどれだけ時間がかかってるんだよ、と言いたい…。 PR |
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