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いかに寝て起くる朝に言ふことぞ昨日をこぞと今日をことしと(小大君)
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タイトルを手にした、あるいはいずれタイトルホルダーになるであろう棋士たちを目にする機会が多くなりました。
彼らは概して物静かで怜悧な、まるでエリート官僚のような青年たちですが、その目には宇宙の果てまでを見通すような深淵さがあります。彼らは日々戦っています。いまだかつて誰も見たことのない景色を、盤上の81マスの中に見つけようとしているのです。そのために、幼い頃から戦い続けてきたのです。
そして、テレビなどで見かけるタイトルホルダーの下には、彼らが倒してきたたくさんのプロ棋士がいて、さらにその下には、プロを目指して鍛練しているもっと多くの奨励会会員たちがいます。その中からプロになれるのは年にたったの4人。そして26歳までプロになれなければ強制的に退会させられてしまうという鉄の掟が存在します。たった1期で三段リーグを勝ち抜き、プロに昇格してから29連勝した藤井聡太七段でさえ5敗を喫しているという、魔の巣窟なのです。
そんな三段リーグを勝ち抜いたプロ棋士すべてが奇跡のような存在ですが、夢破れて市井に戻った元奨励会会員が、サラリーマンを経て再度プロ棋士への夢を追い、そしてそれを実現させたという別口の奇跡を描いたのが、この作品です。
瀬川晶司という名前は今でもよく憶えています。当時は大きなニュースとして取り上げられていました。しかしその時はまだ『将棋の子』も『月下の棋士』も読んでいなかったので、成し遂げたことの重大さをあまりわかっていませんでした。多少知識を蓄えた今なら理解できます。そして26歳ですべてを失ってしまう不安や失ってしまった虚しさも、よくわかります。
将棋好きだったしょったんは、父に連れていかれた将棋道場でますますその面白さに目覚め、自転車で友達と先を争うように毎日通っては腕を磨いていきます。中3の大会で敗れ高校受験する友達とは道別れ、しょったんはひとり奨励会に入会しプロを目指すことになりました。
家族も、しょったん自身も、いつかプロになれるだろう、なれるはずだと疑いませんでした。
そして、ページをめくるように季節は過ぎていきました。
病んでいく者。去っていく者。目の前を通りすぎていくさまざまな風景から目をそらすように、しょったんは仲間たちとゲームや賭け事に興じていました。しかし、将棋から逃げてはいませんでした。刻一刻と近づいてくるデッドラインも、ちゃんとわかっていました。
それでも、届かなかった。
どれだけ必死に、すべてを賭けて挑んでも、勝負は必ず勝者と敗者を分けてしまう。
そして26歳の敗者は、その瞬間にすべてを失いました。
プロ棋士を目指せるくらい将棋が強ければ、それだけの教養を兼ね備えているということであり、さらに20代半ばという年齢を考えても、社会で立派に生きていける可能性はおそらく凡人よりも高いはず。他者はそう見ます。早く将来に目を向けろと諭した兄は決して間違ってはおらず、またしょったんを思っての言葉には違いないのですが、将棋しか知らずに生きてきて、それだけに捧げてきた人生を辿った人間にしか、その道を鎖された喪失感の大きさはわかりません。
ただ、しょったんの父はわかっていました。愛深く、懐の大きな父でした。いつもしょったんの行く先を示してきてくれました。
その父をも失って、しょったんの道はまたわずかに変わっていきます。
導いてくれたのはかつての友でした。
しょったんにとって、将棋盤の前に座すことは、いつしか苦しみになっていました。
奨励会を去ってからはじめて将棋を指し、しょったんは思い出しました。将棋が楽しくて仕方なかったかつての時間を。ワクワクしたあの昂揚感を。
将棋を指す喜びを思い出したしょったんは、本来の強さを取り戻していきました。そして、その周囲にはいつしか多くの人が集まって、彼の行く先を示してくれました。しょったんの生来の優しさと人望の厚さが、彼の奇跡を呼び起こしたのです。それは父から受け継いだものでしょう。
しょったんが父から生まれてきたこと。
きっと奇跡のすべては、最初からはじまっていたのだと思います。










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