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いかに寝て起くる朝に言ふことぞ昨日をこぞと今日をことしと(小大君)
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舞台はチューリップの高騰に沸く17世紀のオランダ。孤児院から中年の豪商に嫁いだソフィアと若手画家ヤンの熱情的な恋を描いた作品です。
フェルメール展とタイアップしていたことは知りませんでした。確かに主人公の纏う青いドレス、姉妹のように接する女中と共有する秘密、自然光に照らし出される部屋と恋…すべてがフェルメールの描く世界のようで、絵画の中にいざなわれたような気持ちになります。
ソフィアは跡継ぎを産むために迎えられた後妻。顔も見たことのない、しかもずっと歳上の相手、それでも幼い妹たちのために結婚以外の選択肢は与えられませんでした。何不自由ない暮らしとはいってもお金持ちにはお金持ちの苦労があるもので、行きたくもない会合に連れまわされて唯一の息抜きは女中の買い物の付き添いという、まるで籠の中の鳥のような息苦しい生活。そして何よりも重荷だったのは毎晩の夫婦の営み。衰えはじめている夫にとって跡継ぎを産むための行為はムードもへったくれもなく、それに付き合わされるソフィアにとっては苦痛以外のなにものでもありませんでした。
いっぽう、女中のマリアは魚屋のウィレムという恋人がいました。マリアから聞くふたりの恋物語に、ソフィアはきっとあこがれを抱いていたに違いありません。自分はこのままサンツフォールト家の跡継ぎを産むまで夫に挑まれ続け、産んだら産んだでこの屋敷に閉じ込められ、産まなかったら産まなかったで修道院に返され修道女になるだけ、恋というものには一生縁がないはずでした。
そんな籠の中に飛び込んできた、突然の出逢い。
目と目を交わした瞬間帯びた熱、それがすべてのはじまりでした。
彼の一挙手一投足が気になって仕方ない。経験したことのない感情をもてあまし、一度は彼を遠ざけようとしたソフィアでしたが、あふれる想いを断ち切ることなどできませんでした。転がり落ちるように欲望の海へ溺れていくふたり。一方、マリアとの結婚生活を夢見てチューリップで一山あてたウィレムは、変装してヤンの家を訪ねるソフィアをマリアと勘違いし、傷心のあまり有り金を失うどころか海軍に連れ去られてしまいます。行方不明になったウィレムの子を身ごもったマリアは途方に暮れていました。恋に熱吹くソフィアは、一計を企てます。しかしそれは、破滅のはじまりでもありました。
恋はいつの時代も、人を狂わせます。どれほど先人の過ちを耳にしていても、結局同じ轍を踏み続けてしまいます。それは間違いの恋が、間違いであればあるほど人の心を揺さぶるからです。
愛なき結婚を強いられたソフィアがはじめて恋を教えてくれたヤンと結ばれ幸せになる。人の道にはずれているとわかっていても、そんな結末を、どこかで望んでしまうのです。
しかしその思いは、ソフィア(実はマリア)の出産の際のコルネリスの態度で変わっていきます。
妻の妊娠を望み、妊娠したら男子を望む夫。かつて死に瀕した妻と子を前に子の無事のみを願った夫。跡継ぎを産むためだけに若い妻を求めた夫。遠くに愛人を持つ夫。夫は自分のことなど愛していないと思っていました。自分に愛を教えてくれたのはヤンだけのはずでした。
しかし、夫は産まれてくる子よりソフィアを選びました。死を擬した彼女の前で、嘆き続けました。ソフィアは、はじめて自分が愛されていることを知りました。
ヤンが時間どおりにソフィアを迎えに来てくれていたなら、それでもソフィアはヤンとの恋に身を投じていたかもしれません。しかし、棺の中、そしてヤンを待つ間に生まれてきた夫への思慕により、ソフィアはみずからの愚かさを思い知らされたのです。しかし、駆け戻った屋敷にもうソフィアの居場所はありませんでした。彼女はもうこの世には存在しない人間なのです。
海から戻ってきたウィレムとマリアの会話で、ことの顛末を知ったコルネリス。妻を失い、そして遺子も自分の子ではないことを知った彼は、誰を責めることもなく、屋敷のすべてをマリアに託し、ひとりインドへ旅立ちます。もっとも愛のない人間と思っていたコルネリスでしたが、実はもっとも深い愛を持ち得ていたのは、実はコルネリスだったのかもしれません。それも彼が多くを失ってきて、そしてそれはみずからが罪深き人間ゆえと悟ったからなのかもしれません。
恋に溺れ、恋のためにすべてを失ったソフィアとヤン。
一度は心破れた彼らも、コルネリスのように大きな愛を持ちうることができるでしょうか。
人の心を揺さぶるのは恋。人の心を救うのは愛。
そのどちらも生きていくには必要な命の欠片。
歳月を経て、ふたたび目を交わしたふたり。そこにもう恋の熱情はありません。ただ、広い意味での愛はもしかしたら生まれるのかもしれません。それは彼らを見守る神のみぞ知る世界の話。










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