最近『ゴールデンカムイ』という漫画にハマりました。
日露戦争に出征し「不死身の杉元」と称された帰還兵が主人公なのですが、杉元以外にも戦争帰りの男たちが数多く登場します。敵味方に分かれながらも彼らに共通しているのは、戦争で深傷を負っていることです。
身体だけではありません。むしろ、心の方です。
もちろんこの時代にPTSDという病名はありません。ですが杉元も、その他の軍人も皆、戦場に心を残してきています。
「自分を壊して別の人間にならないと戦えない。俺たちはそうでもしなきゃ生き残れなかったんだ」と言う杉元。
人が人でなくなった旅順の戦場。そこがいかに非人道的な場所であったかが、185分という長尺で丹念に描かれています。
なにせ40年近く前の作品ですから、現代のCGを駆使した戦争映画とは比較になりませんが、それでも当時の技術でここまでのスケールの作品を作り出したということに、製作側の気概の大きさを感じます。また、時代的に反戦・非戦といったメッセージ性が強いのではなかろうかという予想を覆し、淡々と戦況や時代背景を時系列に沿って描いています。
『坂の上の雲』での愚将というイメージもある乃木希典ですが、今作では国の威信を賭ける重圧とふたりの息子を失う悲しみを背負いながら、それを押し殺して任務に向かう凛とした軍人として登場しています。武士然とした乃木に対して豪放磊落な児玉源太郎は、彼の盟友であり、また真の理解者でもありました。仲代達也と丹波哲郎という日本を代表する二名の名優が、画面をしっかり引き締めていました。戦争終結後、御前での戦勝報告の途中で涙をこらえきれず、膝をついて涙する乃木に、立ち上がって歩み寄りその肩に手を置く明治天皇の滲み出るような高潔さもまた、さすが三船敏郎といったところです。
また、指揮官側が主人公であった『坂の上の雲』では描かれなかった一兵卒、すなわち杉元側の視点からも戦場のありさまが描かれます。あおい輝彦演じる教師・小賀がそのひとりです。かつてはその教え子たちに「美しいロシア」と説いていた彼ですが、小隊長として従軍した戦場で部下を次々に失っていく現実を目のあたりにし、ロシアへの愛は徐々に憎しみへ姿を変えます。そして何の面識も恨みもないロシア兵との凄惨な一騎打ちの末、命を落とします。日本で彼の帰りを待っていた恋人は、彼の最期を知りません。どんな目をして、どんな所業の果てに逝ったのかを知りません。ただ彼女もまた、彼を奪ったロシアを「美しい」と書くことはできずに嘆くのです。
戦争には勝ちました。しかし、戦争は多くの人の心を奪っていきました。
乃木は明治天皇の崩御後間もなく、その妻とともにみずから命を絶ちます。乃木もまた、まぎれもなく戦場に心を残してきたひとりでした。
「杉元も干し柿を食べたら、戦争へ行く前の杉元に戻れるのかな」というアシリパの言葉に、涙をこらえきれなかった杉元。
彼が救われる日は訪れるのでしょうか。
我を忘れてロシア兵と殺し合った小賀のように、闇に堕ちかけた杉元でしたが、彼を光の方へ引き寄せてくれたのはアシリパの存在でした。最終回は杉元とアシリパがふたり、干し柿を食べるシーンだったらいいな、と思うのですが…。
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