忍者ブログ

いかに寝て起くる朝に言ふことぞ昨日をこぞと今日をことしと(小大君)
<<  < 484486485483482* 481* 480479478477476 >  >>


学生の頃は、ちょうどめまぐるしく世界地図が書き変えられた時期でした。
ソビエト解体、ユーゴスラビア紛争…春に配られた地図帳は使う時にはすでに役に立たなくなっていたこともザラでした。ただ、中学の授業で触れられたのは、地図が変わったという事実のみ。ニュースや新聞をにぎわせる世界情勢について詳しく考える機会はありませんでした。
歴史書が勝者によって都合良く作られていることは周知の事実ですが、リアルタイムで起きている戦争もまた、メディアや権力者によって、善悪の構図を容易に誘導することができます。
それを考えさせられたのは、この作品の舞台でもあるボスニア紛争です。
当時、アメリカはセルビアを悪と認定しました。日本のメディアも同じスタンスで報じました。大学生だった私が受けていた政治学の講義でも、担当教授がそう断定していました。もちろん、セルビアが行ったとされる数々の行為を肯定するわけではありません。しかし戦争とは互いの正義の衝突です。当事者にはそれぞれ大義名分があり、それに基づいて行われるすべては、殺戮であろうが破壊であろうが、彼らにとってはそれが正義なのです。
きっかけとなったのは「悪」側の言い分を聞く機会があったからなのですが、かといって経済的利権だけではない民族間の対立という根深い問題が横たわるこの紛争の実態を、いまだ完全に理解することはできません。
そして、セルビアが掲げた「民族浄化」の被害者であるエスマの思いもまた、理解すると言うにはあまりにもおこがましく、残酷な真実がそこにありました。
生まれもった思想信条が異なるがために勝手に「敵」と認定され、その「憎むべき相手」どもにレイプされ、孕まされ、堕胎する選択肢も与えられず監禁され、「憎むべき相手」のうち誰かもわからぬ子を出産することを強要され、しかし十月十日を経て腕に抱いた命は美しく愛おしく。
エスマにとって、サラは愛そのものでした。娘の出生にどんな背景があろうと、そこには母が娘に与えるべき愛しかありませんでした。たとえエスマの心と身体に刻まれた癒えない傷がどれだけ彼女を痛めつけようと、愛しい娘のためなら不得手な夜の店で働くことも、周囲に金を無心することも厭いませんでした。
しかし、思春期の娘にそんな母心を理解することは困難でした。父親は信仰に殉じて戦死した兵士と教えられ、それを信じて疑わなかった娘は、いっこうに戦死証明を出そうとしない母に疑念を抱き始めます。さらに母の周囲に想い人の影がちらつき始めると、サラは母を愛し求めるがゆえに反抗的な態度を取ります。
娘にとって母は、自分を愛してくれているからこそ何をしても許してくれる寛容な心を持った存在と信じて疑いません。相手もひとりの人間であるという視点をなぜか失うのです。サラははじめてエスマの過去を知りました。まだ幼いサラは、エスマが母でなくひとりの人間として激しい感情をぶつけてきたことに動揺し、衝動的に髪を剃ってしまいます。
それでもサラは修学旅行に旅立ちます。母が自分のために稼いでくれたお金を、無駄にはしませんでした。サラはサラなりに、母の思いを受け止めたのでしょう。自分の出自が耐えがたいものであっても、そこに母の愛があふれていたことは疑いようもない真実だからです。
修学旅行から帰ってきたら、サラはきっと母を母としてでなく、ひとりの人間として接することができるようになっているような気がします。
戦争の犠牲は死者の数のみで語られるものではありません。エスマのように生きてなお苦しみ続ける女性の何と多いことか。もちろん日本においても例外ではありません。
そして、世界から戦争は永遠になくならない。争いがある限り、か弱き者たちの尊厳はこれからも踏み躙られていく。
しかし終わりのない苦しみから救うのは、いつ、どんな世界においても、きっと無償の愛なのだろうと思います。
サラはエスマの愛によって育まれた命ですが、エスマもまたサラによって生かされている命なのだから。
殺戮と破壊をくり返しながらも、人間はそうやって歴史を繋いできたのだから。







PR
* SNOW FLAKES *
STOP  *  START
* カレンダー *
12 2025/01 02
S M T W T F S
5 6 7 8 9 10
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
* プロフィール *
HN:
さや
性別:
女性
自己紹介:
プロ野球&連ドラ視聴の日々さまざま。
* ブログ内検索 *
<<  <  *  NEW *  BLOG TOP *  OLD *    >  >>
Copyright©  さや
Designed & Material by ぱる
忍者ブログ ・ [PR]