『この世界の片隅に』
細かいところで「あ、そこそんな風に脚色しちゃうのか…」と感じる部分はあったものの、ドラマ自体としては毎週泣かされ、しみじみと余韻にひたることのできる良作に仕上がっていました。 なんといってもすずを演じた松本穂香の熱演が光りました。ほわんとした雰囲気やおっとりした所作、晴美と右手を失ってからの喪失感や終戦を知った時の怒り、すずのありとあらゆる感情がむき出しで伝わってきました。 「普通」のすずの「普通」の日常。「普通」だからこそ、いろいろな出来事に心は揺れ動く。松本穂香が無名だったからこそ、見る者は彼女を「普通」を生きる「すず」として受け入れ、すずに共鳴できたのかもしれません。 原作に忠実であるとはいってもやはりドラマですから、終盤の肝である「左手で描かれた世界」のカットとすずの「右手」の登場が終戦時のワンシーンだけであったことはやむなしと思います。すずの「右手」はすずが亡くなるまですずに寄り添い続けますが(と、右手からの手紙で自分はそう解釈した)、ドラマでは、号泣するすずの頭をふわりと撫でて消えていきます。それは戦争が終わったことによって、戦争によるすずの苦しみの終わりを示唆しているようにも感じました。 物資がなくても、空襲に遭っても、それは自分だけでなくまわりの人皆同じ環境、すずだけに与えられた苦しみではありませんでした。 目の前で右手と晴美が吹き飛ばされた事実は、すずだけのもの。そこからすずの戦争は始まったのかもしれません。戦争は自分の大切なものを奪っていった暴力であり、その暴力と戦い続けなければならないと実感したのかもしれません。すずの右手は、戦争に対する怒りの象徴であり、すずにとっての戦争そのものでした。 しかし戦争は終わり、右手もその役割を終えました。 泣き叫ぶすずの頭に触れたのは、お別れの合図だったのかもしれません。 右手の去ったすずの前に現れたのは、周作でした。 戦争の呪縛から解かれたすずに、これから戻って来るであろう「普通」の日常、その象徴が愛する人、周作なのだと感じました。 この世界の片隅に灯ったふたりの小さな愛。それはこの世界の片隅で必死に生きてきた原爆孤児の節子を照らすことになります。 原作のようにワイワイ賑やかに終わるのではなく、晴美の服を節子にあてて涙ぐむ径子に象徴されるようにしんみりとじんわりと余韻を残すラストでした。原作より感情豊かで愛嬌のある径子でしたが、尾野真千子の存在感はさすがでした。 最後の現代パートにおいて、マツダスタジアムでカープを応援していたのは90代のすずさんなのでしょうか。きっと周作さんも鬼籍に入って、今はもう少し便のいい場所に移り住んでいて、「この黒田って選手、周作さんに似とりんさる」てな感じでカープ女子になっちゃったのかな、なんて楽しい想像が広がります。 現代パートが2018年、今年であったからには、西日本豪雨災害は避けては通れない現実問題となったのでしょう。直接触れられる場面はありませんでしたが、積み上げられた土嚢が映し出されたり江口がボランティアに訪れていたことが語られたりしています。ラストの「負けんさんな! 広島!」のセリフも、過去から今に地続きとなるメッセージとして心に響きました。当初は蛇足と感じていた現代パートでしたが、このラストシーンにつながるのなら意味あるものだったのかもしれないと思います。 戦争の惨禍を直接的に「悲劇」として誇張しないところがこの作品のひとつの特徴でもありますが、ドラマにおいてもそこはきちんと守られていました。原爆投下後の節子と母親との別れも淡々と描かれています(ただ、駅舎ですずたちと出会った時、こぼれ落ちたおにぎりをすぐさま返すような子ではひとりで何か月も生き延びられるはずがないし、拾い上げ口にいれかけたところですずの右腕に母親を重ねて思わず渡してしまう原作の描写どおりになぜしなかったのかな…とそこは疑問に思いました)。また、広島で放射能を浴びた知多さんやすみちゃんが原爆病を発症すると思われる場面が出てきますが、気づかなければスルーしてしまうような描写にとどまっています。しかしすみちゃんがたまらず口にする不安や恐怖によって、語られなくなりつつある原爆の後遺症の脅威はしっかりと伝わってきました。挨拶もそこそこにすずを探しに立つ周作の背を見送るすみちゃんのゆがんだ表情は、セリフで説明しがちな昨今のドラマにあって、秀逸な脚色だったと思います。姉の夫がやさしい人でよかったという喜び、もう自分は姉のようにしあわせにはなれないのだという悲しみ。若く美しいすみちゃんの人生は、戦争の、原爆のせいで摘み取られようとしています。ほのかな恋心を抱いていた将校さんもきっともうこの世にはいないでしょう。この世界の片隅でさまざまな思いにかき乱されるすみちゃんに、涙を禁じえませんでした。 まとめて感想を書くのがむずかしいくらい、毎週いろいろな思いがあふれてくるドラマでした。ともかくも、自分にとってとても大切なこの作品が、高い評価を受けて最終回を迎えられたことにほっとしています。 PR |
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