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続・風花の庭

別れをば山の桜にまかせてむ留めむ留めじは花のまにまに(幽仙)

ドラマ寸評(2018年第1期②・最終回①)

『海月姫』
能年玲奈の主演映画が公開された時にはたいして興味を持たなかったのですが、今回のドラマ化で原作が『東京タラレバ娘』の東村アキコであることを知り、気楽な気持ちで視聴してみたら…。
ナニコレ、めっちゃおもしろいー!
思わず原作を3巻まで無料で読んでしまいました。続きをポチりかけたところで全17巻と知り、指が止まりましたが。
際立ったキャラたちがおりなすスピーディーで単純明快なコメディかと思えば、女装兄と童貞弟との三角関係がちゃんと恋愛ドラマしていて、毎回泣きどころもあります。『のだめ』のような、漫画チックだけれど意外にも見ごたえある青春ドラマだと思うのですが、視聴率が思わしくないみたいですね…。キャスティングにこれといった看板俳優がいないからかな。
とはいえ、朝ドラ以降評価の芳しくない芳根京子ちゃんはクラゲオタクの冴えない田舎娘と変身後のあか抜けた姿をきっぱり演じ分けていて、さすが女優さんだなと感服しました。尼~ずたちの木南晴夏&内田理央&松井玲奈(後者ふたりは前髪のせいでどっちがどっちかわからん)も華を消して変人になりきっていますし、なんといっても瀬戸康史の女装が美しすぎる。声が低いからドラマ上は男だとすぐわかるのですが、見てくれは完全に普段バージョンの尼~ずを遥かに凌駕しています。女装男子といえば忘れられないのが池松壮亮(『MOZU』)ですが、今思えばかわいそうだったな…。
メガネ男子の工藤阿須加や振り切った森里香、間合いが絶妙な要潤(原作を読んだらハマり役過ぎて笑えた)など、兄と弟を入れ換えた以外は脇に至るまで漫画に忠実で、購入を断念したラストはいったいどういう展開になるのだろうと今からワクワクします。

『anone』
『Mother』『Woman』とさんざん泣かされてきた日テレの坂本裕二。今度はいったいどのような涙をもたらしてくれるのかと思っていたら…。
初回は坂本脚本のパターンともいえる、視点を眩ませるかみあわない会話の応酬。我慢していれば本題に入るはず…と耐えるにはその「本題」がなかなか見えてこないだけに、少し長く感じる時間でした。坂本脚本には毎回書いているような気がしますが、どうして連ドラでわざわざこういう導入にするのか、まったくもって理解に苦しみます。『カルテット』の高評価で満を持して制作された坂本作品の割には低い視聴率も、それが原因としか思えません。
しかし回を追うごとに深みを増していくのもまた、坂本裕二作品の特徴。ネカフェ暮らしでみずからを「ハズレ」と称する主人公のハリカは、幼少期少し個性の強い子であったため更生施設に預けられ、おぞましい虐待を受けていました。ネット上でしか心を開けなかったハリカでしたが、廃棄されていた偽札をめぐって、義理の娘との確執を抱える亜乃音、人が好すぎる持本や正体不明の女性るい子らと出会ったことで、少しずつ彼女を取り巻く世界が広がっていきます。
『Mother』の虐待、『Woman』のシングルマザーといったテーマが浮かび上がってこないだけに、今後どういった展開が待ち受けるのか予想し難いのですが、これまで別々に生きてきた人間たちの人生が偶然によって交差し、絡み合い、それによりさらにひとりひとりの存在が鮮やかに浮かび上がる、そんなひと時のきらめきを坂本脚本は明確に描き出してくれます。今回もきっと、強く心に刻まれる作品になるであろうと確信しています。

『BG~身辺警護人~』
ひさびさな気がするキムタク作品。いくつになってもキムタクはキムタク。SMAPとか、ジャニーズとか、そんな肩書はもういらない。キムタクというブランドは唯一無二にして永遠なのである。
それはさておき、『アイムホーム』でも父親役を好演していたキムタクですが、今回もちょっと権威のない父を演じています。しかし仕事上では飄々と周囲を煙に巻きながらしっかり役割を果たすところはさすがキムタク。いや、役柄なんだけど。警察が担うSPと異なる、民間警備が担うボディガードは『4号警備』でも描かれていましたが、やはり見どころはなんといっても丸腰ならではの激しいアクション。迫真の演技で魅せてくれます。キャストも江口洋介や石田ゆり子、上川隆也など豪華俳優陣。CGやロケも充実していて見ごたえがあります。
主人公は仕事でも私生活でも何やら過去を抱えている様子。キムタクが演じるのはもうラブロマンスではない、人間ドラマのできるトシになったのだなあと何やら感慨深い思いにもなります。

『女子的生活』(最終回)
人は常にカテゴリーで分別されてきました。
国家レベルなら民族や宗教、学校という小さな単位ですら人はつねに何らかのカテゴリーを設け、それから外れる人間を排除してきました。生き方の多様性が叫ばれるようになった現代でもなお、多数派の中にいることこそが安寧であり、幸せであると定義づけられています。単一民族である日本ではなおのこと、その意識が強くDNAに刻まれているのかもしれません。
それはさておき、このドラマはそういった差別を声高に主張しているものではありません。だからこそ、カテゴリー外であることを自覚しながらアイデンティティをしっかりと保つみきの生き方は強く印象づけられます。
集団の中で生きていくうえで、人は何かしら生きにくさを感じながら日々を過ごしていかなければなりません。
子どものうちは、友達がいない。勉強ができない。運動ができない。なるべく目をつけられないように、いじめられないように、空気を読んで笑顔を作って教室での時間をやりすごす。
大人になれば、そんな我慢はしなくてすむと思ったら、大間違い。
結婚していない。
子どもがいない。
子どもが男あるいは女しかいない。
専業主婦、兼業主婦。年収の多寡。モデルファミリー、男やもめ、シングルマザー。
さまざまな人生をカテゴリーに当てはめて、カテゴリー外の人間を疑問視する人はどこにでもいるもの。
そういった周囲の声に時には傷つきながらも、一夜の涙とため息で日々を過ごすみき。LGBTだとか差別だとか関係ない。好きなものがあって、ともに笑う仲間がいて、気楽に付き合える友達もいる。時には失恋し、悲しいこともあるけれど、それでも明日に向かって闊歩する。自分らしく生きていくために。
カテゴリーに入れずに苦しんだことがある人ならば、みきの生き方に共感しないはずはない。みきは差別されてかわいそうな人ではない。頑張らなければいけない人ではない。珍獣ではない。このカテゴリーだらけの世界で一喜一憂しながら生きている、もうひとりの自分だ。だから自分も生きていこうと思う。みきのように、時にはくじけそうになっても、前を向いて歩いていこうと思う。



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ドラマ寸評(2018年第1期①)

『西郷どん』
2話まで見た限り、とりあえずついていけそうです。
話題にもなっていましたが、初回の小吉、2話のふきと、子役の熱演が視聴者をぐいっと惹きつけたと思います。最近の子どもは凄いな。
あと、風間杜夫&松坂慶子&平田満の『蒲田行進曲』トリオの共演、語りの西田敏行&島津斉興役の鹿賀丈史という『翔ぶが如く』コンビの復活も、オールドファンにはたまりません。
まだまだ「やっせんぼ」の西郷どんですが、鈴木亮平はきっと新しい西郷隆盛像を生み出してくれると思います。ここ最近の大河ドラマにおける西郷隆盛は脇役だったため、倒幕に暗躍する策略家であったり、腹黒な野心家であったりと、悪役に描かれることが多かったのですが、ひさしぶりにまっすぐなヒーロー西郷どんが見られそうです。
『翔ぶが如く』が放送された時は小学生だったので、毎回きちんと見ていたわけではなく記憶もあまりないのですが、西郷と大久保がともに手を取り維新を成し遂げながら最後は敵味方に分かれるという悲しい結末は、今でも強く印象に残っています。
今回はふたりの友情はメインストーリーでないとはいえ、西郷を描くに大久保の存在は欠かすことはできません。大久保役の瑛太は『篤姫』で演じた小松帯刀のイメージが自分の中で払拭できていないのですが、あれから演技力が増しましたし、切れ者ゆえの苦悩を見せてほしいと思います。
昨年流行したゲス不倫で斉藤由貴が交代するも、同じ文春砲をくらった渡辺謙が降板しないのはどーたらこーたら、と若干話題になっていましたが、やはりNHKの続投判断は正しかったですね。抜群の存在感でドラマを引き締めていました。鹿賀丈史と親子役というのは違和感があるにせよ、斉彬という重要なポジションはやはり渡辺謙にしか任せられなかったのだろうと思います。
と、なかなか見ごたえのある2話だったわけですが。
唯一の不満点は、「意識高い系女子」いとの描写。男装して学問しようとした『篤姫』とかぶってるし、この時代にその価値観、別にいらなくね? 男女不平等について考えるきっかけを小吉に与えたとはいえ、それが今後にどう影響してくるというのか? 演じる黒木華は時代を先取りする女性とは真逆の古風な雰囲気ですし、まさかむりやりなこじつけか?
前情報でBLという言葉がひとり歩きしていたので、やや不安ではあったのですが…。
ここまでの雰囲気のまま、幕末維新のエネルギーを表現してくれることを祈ります。

『女子的生活』
朝ドラの出演も決まってすっかりNHKづいている志尊淳ですが、『植木等とのぼせもん』はその演技で見るのをやめたほどなのでLGBTという複雑な役を演じきれるのか、ほとんど期待はしていなかったのですが。
う、美しすぎる…。
というのが、第一印象でした。ただそれだけではない、ドラマ全体の密度の濃さに惹きつけられています。
以前、職場にLGBTの人がいました。仕事のできる人でもあったので女性は割と普通に受け止め信頼を集めていましたが、男性の中にはそれが理由で人格を全否定するような陰口を叩く人も少なからずいました。「腐女子」という一定の存在もあるように、性的少数者に寛容なのは女性のほうなのかもしれません。主人公・みきも、女性の多い職場で働いています。そして男性として生まれながら女性として生き、さらに好きになるのは女性という複雑なみきの性的指向を周囲は受け入れています。みきを採用した社長は男性ですが、女性向けファッション会社を運営するだけあって、「うちの服が似合えばオッケー」というスタンス。家も職場もカワイイものに囲まれ、街中でカワイイものを見つけては写真に収め、ガールズトークに花を咲かせる、みきはどこにでもいるそんな女子としての「女子的生活」を満喫しています。生まれ落ちた時の性別が男、ということをのぞいては。
好奇心や差別意識にまみれた世間で生きていくうえでは、トランスジェンダーである現実からは逃れられません。トランスジェンダーに限らず、いわゆるマイノリティに接した時、人はどうしても平静ではいられません。驚いたり、下卑た好奇心を持ったり、見下したり、感情は様々ではあるけれど「それを口にしてはいけない、態度に出してはいけない」風潮がある。なぜなら、相手は「差別されている人」だから。「差別されている人」は「カワイソウ」であり「すごく頑張って生きている人」だから。だから「カワイソウな人を、頑張っている人を差別してはいけないのです! 私は差別なんてしません! 私はあなたの味方です! 私は差別しないイイ人です!」と、それこそが差別意識であることを気づかず声高に主張する無神経な人はどこにでもいるもので、きっとみきもそんな他人に心を乱され続けたのだと思う。せいいっぱいに女子として生きながら、みきはどこか無理しているようにも見えます。ナチュラル系女子を装いながら真っ黒な内面を隠し持ったゆいに惹かれながらも、自分が異質であるという意識からか、一歩引いてしまいます。
そんなみきの心に強引に転がり込んできたのが、高校時代の同級生の後藤。共同生活を送ることになった後藤のおっちょこちょいな性格や見境のない行動に振り回されながらも、みきはどこかでリラックスしています。後藤の中でみきはどれだけ変貌しようと高校時代を共に過ごした「小川」であり、女子的生活の中で捨てたはずの過去と現在を結びつける唯一の存在です。常に他者によって揺るがされそうになるみきのアイデンティティに、小川幹生であった18年間は決して消すことはできません。その事実を後藤の存在によって目の前に突きつけられ、意外にもそれを受け入れている自分に、みきはさらに揺れています。
生きていくうえで、誰しもが自己と他者をさえぎる壁に直面します。自分の信じる道を進もうとしても、それが他者にとって正しいとは限らず、他者に囲まれて生きていくからには他者に迎合するか後ろ指を指されるのを覚悟で我が信ずる道を行くか、その二択に迫られます。みきがいったいどのような決意を持って人生を歩もうとするのか、たった四回と短い尺で描き切れるのか不安はありますが、みきの人生を、ラストまでしっかりと受け止めたいと思います。






最近ハマっているもの



マキアレイベル。

はじめてお肌の曲がり角を迎えて、早10年。
もはや曲がりっぱなしの我がお肌。

30代をかけていろんなものを試しまくって、やっと自分に合う化粧水を見つけたと思ったら、
今度はファンデーションジプシーに。

アラフォーになるといろんなアラを隠さなきゃいけないけれど、
厚塗りは目立つし、カサつくのもベタつくのもダメ。
歳をとるって、なんっっって面倒なんだ!

ファンデを買う時にいちばん怖いのが、肌荒れ。
高いものを買って泣く泣くゴミ箱行きになったことも少なくありません。
しかし通販カタログで見つけたコレは、美容液成分が入っているということでお肌にやさしそう。
広告塔が柴田理恵なので、カバー力がないというわけでもなさそうだ…。

で、試してみました。
肌荒れしないし、化粧崩れもカサつきも目立たないので使い続けていたら…。

「お肌キレイになった?」

と、CMみたいなことを言われました。母親に。
母は私の化粧どころでないお肌ボロボロ時代を知っているし、前のファンデがあきらかに肌なじみが悪かったからそれと比較しての感想なのでしょうが…。
とりあえず、そう言わせたマキアレイベルの勝ち、ということで、
ファンデ+下地2本セット+限定お粉、大人買いしました。

老化と戦うアラフォーのためいつまでこの効果が続くかはわかりませんが、とりあえず当分は使い続けていこうと思います。






おみくじは吉

今年の初詣は大神神社にしようか、橿原神宮にしようか…。
と思案していたにもかかわらず、結局人混みを避けて近場の神社で済ますことにしました。

新年最初の運だめしは、「吉」。

「古きことをあらため、新しきことを始めるがよし」

とな。

まさに!
「新しいことがうまくいきますように」とお願いしたところでした。
うまくいくといいなあ。

帰り道、ぶらぶら散歩。

はじめて歩く道で、おもしろい光景を見つけました。
踏切の向こうにお寺。



踏切の先にあるのはお寺だけなので、お寺のために作られた踏切ということですね。

「八百屋お七の墓」と書かれてありました。
ん? お七は江戸の放火事件で処刑された娘では?

説明書には井原西鶴『好色五人女』に登場するお七のモデルとなった「志ち」の墓であるとな。
お七伝説は各地に存在するそうですが、志ちもこの地で何らかの罪を犯して処刑された娘なのでしょうか。
まさか数百年後の世でも夜桜お七として語り継がれているとは思うまい。

生まれ育った地の郷土史にはまるで無関心だったのに、新しく住んだ場所の歴史には何だか興味を持ってしまう。
これも予想外の転居で不満でいっぱいの場所に少しでもなじもうと思う、自分自身の本能なのかもしれません。





忘年会@Le Clos De Kuro

毎年恒例忘年会、昨年末のお店は心斎橋のフレンチレストラン。
おひとりさまで都会に出ることもなく、相方は食に対して無関心だし、
ホントひさしぶりの外食…。
こういうお店の知識もなくて、毎回他人に頼りっきりです(汗)

2階に案内されると、靴を脱いで上がるシステム。これはきっとくつろげるヤツ! 女子会盛り上がるヤツ!

忘年会っぽく、ちょっとリッチにシャンパンも追加してお魚とお肉のコースにしました。
最近のフレンチはお箸も出してくれて親切です。

選べるオードブルは生うにのムース。




本日のお魚。サクサク感の下は柔らかな白身魚。



お肉はやっぱり牛。お箸で食べられる…と言われました…が。


最後はデザート。



お腹いっぱいです!

その後少し歩いてハーブティーのお店で恒例のプレゼント交換、持参したのは吉野山で買った葛湯の詰め合わせ。
いただいたのは、うめ煎茶でした。ほんのり梅の香りで、お正月気分。
今回欠席だったじい先生には、お手紙を書いてプレゼントを送りました。

高校を卒業して20年、それぞれがそれぞれに過ごした2017年ですが、食事とお酒とお茶でいい気分を共有するこの時間だけは、20年前に戻ります。

2018年も、おいしい時間で締めくくれますように。

私もちょっとはお店の勉強しとこ。