かすむ夜の光を花とにほふにぞ月のかつらの春もしらるる(二条為明)
アカデミー脚本賞を受賞したそうですが、鑑賞直後は「なぜ、この作品が…?」でした。
どんでん返しはありませんし、ホラーというほど怖くもありません。
ただ終わってからあれこれ反芻してみると、リアルタイムではなんの気なしに聞き流していたタイトルのセリフが、実は深い意味を持っていたことに気づきます。
そして、監督がこの作品にこめたモノが奥深いところにあるようにも感じました。
監督のこめたモノーー実のところ、それはあるのかもしれないし、ないのかもしれません。
「ある」と思うこと自体、もしかしたら眉をひそめた登場人物と同じ意識なのかもしれません。
彼女が彼氏を実家に連れていく。そんなありふれたおおごとから物語は始まります。そしてアメリカでは、彼女・ローズが白人で彼氏・クリスが黒人であればなおさら、周りを巻きこんでの一大事となるようです。
やや構えながら乗り込んだクリスですが、思いのほか丁重なもてなしを受けます。ただ気になるのは男女の使用人が黒人であること、さらに少し異質なこと。そしてなぜか参加することになった彼女の亡き祖父にまつわるパーティー。白人の参加者たちはクリスに対してフレンドリーに接しますが、かける言葉のひとつひとつが魚の小骨のようにひっかかる。
「すごい、すごいねー、さすがだねー。いや自分はできないよー。すごいよー」
手放しで誉められているようでいて、なんか馬鹿にされている…そう感じてしまう手放しの賛辞。
「自分、ホワイトだから? 君はブラックだから身体能力すごいんでしょ。タイガー・ウッズみたいにできるんでしょ。ほんとすごいねー。ホワイトにはできないからねー」
ここまで来ると、賛辞は侮蔑に色を変えます。
「ブラックは、自分たち=ホワイトとは違う特別な生き物」、それはすなわち、区別であり差別であり。
「ブラック」を特別視するその一団の中に「日本人=いわゆるイエロー」がいたのも、もしかしたら皮肉だったのでしょうか。
うんざりした愛想笑いのクリスに胸がチクチクしました。
そしてラスト。最初にチラ見せされる、アメリカ社会に根づくブラックへの差別意識が、最後までアクセントを効かせるのか…と思いきや、そこはさすがに反対意見があってカットされたようです。ただこの展開では、そちらのラストの方が良いような気がしました。あまりにも救いがないオチだったとしても。
シド(犬)と友人の存在がちょっとした癒しで、良かったです。
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