かすむ夜の光を花とにほふにぞ月のかつらの春もしらるる(二条為明)
職場には年明けから二週間の休みをもらっていた。
当初はむしろ退院してからの方が元気なくらいだった。簡単な食事作りや後片づけ、洗濯などの家事には問題なく、歩く練習もかねて近所のコンビニやスーパーにも出かけた。仕事始めからでも働けそうな勢いだった。
が、少し無理をしすぎたのか、退院して数日後、軽い出血と痛みに襲われた。出血については塊で出たり止まらなかったりしない限りは大丈夫と聞いていたので、反省しておとなしくしていたらだんだんおさまっていった。
術後二週間は安静にしておいた方が良いと医師は言っていたが、確かにぴったり術後二週間で傷そのものの影響はなくなった。問題は体力のほうで、入院から三週間ぐうたら生活を送っているため、長く歩き回ると翌日疲れが出た。これでフルタイムの仕事に耐えられるのか、そして仕事内容の記憶がリセットされていやしないかも心配だったが、割とすんなり復帰できた。前日は惰眠を貪る生活に慣れすぎてしまい出社拒否症に陥ったが。
ただ、体力は戻ったものの、ペーパードライバーの自分にとって三か月の自転車禁止令はなかなかつらいものがあった。徒歩しか選択肢がないのだ。「ちょっとそこまで」もためらってしまうため休日はますます引きこもり生活になってしまった。
最初の検診は退院後二週間目のことだった。もちろん異状なし。吐き気止めの薬だけもらった。
副作用がなくなるのは最後の注射からだいたい二ヶ月後だというから、まだ我慢である。
退院して一ヶ月後、無意識からお腹を圧迫してしまい二週間ほど軽い出血と痛みに見舞われたものの、術後二ヶ月目の検診でも異状はなかった。その少し前に、ようやく薬の副作用が消えていた。
「ところで夜の生活の予定はありますか?」
「!? …………ありません」
「三ヶ月はダメですからね。先日も患者さんが夜中に運ばれてきてね…」
「わかっとるわい!」
と、言いたいのを我慢して「大丈夫です」と返した。
術後三ヶ月目の検診で、定期通院は終了となった。
今後は念のため、一年に一回検査を受ければ良いらしい。子宮がんの可能性はなくなったが、卵巣がんの恐れはもちろん残っている。また面倒くさがりが頭をよぎったが、元はといえばそんな自分の性格が事態発覚の遅れを招いたのである。これからは心を入れ替えて、健康維持に努めよう。
↓↓持ち物の答え合わせ
※パジャマ
手術当日~翌日昼までは術衣のため、都合5着で足りる。長袖1枚余った。
※ソフトブラ+ブラキャミ
1枚は行き&帰り分、あとは売店に行く時に着けただけだった。
※パンツ
手術当日はサニタリーの方が良かった(滲出液で汚れてしまった)。ちょうどおへその下に来る長さだったのだが、おへそをガーゼで覆っているためおへそを隠せるくらいの方が良かった。
※靴下
ベッドの中だとそこまで寒くないので、4足で足りた。
※タオル4枚・手ぬぐい3枚
タオルは枕用にもう2~3枚必要だった。手ぬぐいはお風呂用の1枚しか使わなかった。
※バスタオル2枚
1枚で良かったかも。もう1枚は枕に敷いた。
※ペットボトル用ストロー・蓋つきコップ
ストローは使わなかった。というか、使えなかった。手術後飲もうと思って家から持ってきたミネラルウォーターのボトルに合わなかったのだ。普通に首をもたげてペットボトルやコップを使えたのでまったく意味なかった。
コップはフロアに給茶機があったので、白湯やお茶を汲みに行けた。食事やのどが渇くたび行かなければならなかったが、別部屋の人が水筒に詰めていたのを見て、そういう手もあったかと唸った。
※箸&スプーン&フォークのセット
フォークは使わなかったが、箸は短すぎて使いにくかった。やはり子ども向けだったか…。
※タブレット
ベッドの上では使いにくく、結局スマホを使っていた。テレビカード節約のためにとテレビ代わりにするつもりだったが、電波が途切れ途切れでイライラするため結局テレビカードを買ってしまった…。
※本
全冊読破後はスマホで漫画を読んでいた。
※練り梅
どんぶり素粥はなかったものの、ごはんの供として優秀だった。ちなみにごはんはLLサイズではなく、Sサイズほどだった。名札の横に「小もり」と書いてあったので、年齢で分けているのかもしれない。
※S字フック、ハンガー2本
S字フックは今回は活用されたが、部屋にも設置されていた。ハンガーはバスタオル・手ぬぐい・トイレのタオル・着てきたコート(服)をそれぞれ掛けるのに4本必要だった。これこそ部屋に設置されていると思っていたので失敗だった。
※お手入れセット
ここぞとばかりにお試し用を使用したが、やはり普段使いのほうがお肌には良かったような気がする。シャワーは計3回使えたので、ボディソープが足りず買うはめになった。モンダミンも途中でなくなった。読みが甘すぎる。洗面器は持っていかなかったがやはり不要と感じる。
※ドライヤー
ナースステーションでも借りられたようだ。
※レンタルWi-Fi
夫が見舞いに来なかったのでギガを買った方が安かったかもしれない…。しかし遠慮することなく漫画が読めたのでまあいいか。
------------------------------------
8年前とは世相が違うし、そもそも病院自体が異なるので比較できないかもしれないが、今回の入院は総じて快適だった。看護師さんも親切だったし、説明も丁寧だった。ちなみに麻酔科医は変人とは程遠い真面目そうな若い先生だった。
子宮摘出という事態に、うろたえたのはむしろ周りの方だった。
母は「和田アキ子は子宮を取ったから男みたいになった」などとのたまった。なんつー失礼な発言を、とその時は諫めたものの、高齢である母のみならず、女性にのみ与えられたその臓器の一般的なイメージは、特別なもの、むしろ女性という性そのものと感じる向きがまだ大きいのかもしれない。
もちろんそれはただのイメージで、医学的には見当違いである。
もし私が経産婦であったなら、思うところは少なくなかったのかもしれない。
だが子ナシの自分にとって、子宮とは今や毎月血を垂れ流し激痛をもたらすだけの臓器でしかなかった。なければないで困ることは物理的に何もない。
あれやこれやと周囲から聞かされた(脅された)ものの、結果的に自分が得たのは、鼻の手術をして鼻呼吸ができるようになった時に感じた思いと何も変わらなかった。
あくまで「個人的には」だが、この決断で良かったと思っている。
この記録が、子宮摘出の手術に迷っていたり手術を前に不安に陥っていたりする世の女性の目に少しでも留まることあれば幸いである。
当初はむしろ退院してからの方が元気なくらいだった。簡単な食事作りや後片づけ、洗濯などの家事には問題なく、歩く練習もかねて近所のコンビニやスーパーにも出かけた。仕事始めからでも働けそうな勢いだった。
が、少し無理をしすぎたのか、退院して数日後、軽い出血と痛みに襲われた。出血については塊で出たり止まらなかったりしない限りは大丈夫と聞いていたので、反省しておとなしくしていたらだんだんおさまっていった。
術後二週間は安静にしておいた方が良いと医師は言っていたが、確かにぴったり術後二週間で傷そのものの影響はなくなった。問題は体力のほうで、入院から三週間ぐうたら生活を送っているため、長く歩き回ると翌日疲れが出た。これでフルタイムの仕事に耐えられるのか、そして仕事内容の記憶がリセットされていやしないかも心配だったが、割とすんなり復帰できた。前日は惰眠を貪る生活に慣れすぎてしまい出社拒否症に陥ったが。
ただ、体力は戻ったものの、ペーパードライバーの自分にとって三か月の自転車禁止令はなかなかつらいものがあった。徒歩しか選択肢がないのだ。「ちょっとそこまで」もためらってしまうため休日はますます引きこもり生活になってしまった。
最初の検診は退院後二週間目のことだった。もちろん異状なし。吐き気止めの薬だけもらった。
副作用がなくなるのは最後の注射からだいたい二ヶ月後だというから、まだ我慢である。
退院して一ヶ月後、無意識からお腹を圧迫してしまい二週間ほど軽い出血と痛みに見舞われたものの、術後二ヶ月目の検診でも異状はなかった。その少し前に、ようやく薬の副作用が消えていた。
「ところで夜の生活の予定はありますか?」
「!? …………ありません」
「三ヶ月はダメですからね。先日も患者さんが夜中に運ばれてきてね…」
「わかっとるわい!」
と、言いたいのを我慢して「大丈夫です」と返した。
術後三ヶ月目の検診で、定期通院は終了となった。
今後は念のため、一年に一回検査を受ければ良いらしい。子宮がんの可能性はなくなったが、卵巣がんの恐れはもちろん残っている。また面倒くさがりが頭をよぎったが、元はといえばそんな自分の性格が事態発覚の遅れを招いたのである。これからは心を入れ替えて、健康維持に努めよう。
↓↓持ち物の答え合わせ
※パジャマ
手術当日~翌日昼までは術衣のため、都合5着で足りる。長袖1枚余った。
※ソフトブラ+ブラキャミ
1枚は行き&帰り分、あとは売店に行く時に着けただけだった。
※パンツ
手術当日はサニタリーの方が良かった(滲出液で汚れてしまった)。ちょうどおへその下に来る長さだったのだが、おへそをガーゼで覆っているためおへそを隠せるくらいの方が良かった。
※靴下
ベッドの中だとそこまで寒くないので、4足で足りた。
※タオル4枚・手ぬぐい3枚
タオルは枕用にもう2~3枚必要だった。手ぬぐいはお風呂用の1枚しか使わなかった。
※バスタオル2枚
1枚で良かったかも。もう1枚は枕に敷いた。
※ペットボトル用ストロー・蓋つきコップ
ストローは使わなかった。というか、使えなかった。手術後飲もうと思って家から持ってきたミネラルウォーターのボトルに合わなかったのだ。普通に首をもたげてペットボトルやコップを使えたのでまったく意味なかった。
コップはフロアに給茶機があったので、白湯やお茶を汲みに行けた。食事やのどが渇くたび行かなければならなかったが、別部屋の人が水筒に詰めていたのを見て、そういう手もあったかと唸った。
※箸&スプーン&フォークのセット
フォークは使わなかったが、箸は短すぎて使いにくかった。やはり子ども向けだったか…。
※タブレット
ベッドの上では使いにくく、結局スマホを使っていた。テレビカード節約のためにとテレビ代わりにするつもりだったが、電波が途切れ途切れでイライラするため結局テレビカードを買ってしまった…。
※本
全冊読破後はスマホで漫画を読んでいた。
※練り梅
どんぶり素粥はなかったものの、ごはんの供として優秀だった。ちなみにごはんはLLサイズではなく、Sサイズほどだった。名札の横に「小もり」と書いてあったので、年齢で分けているのかもしれない。
※S字フック、ハンガー2本
S字フックは今回は活用されたが、部屋にも設置されていた。ハンガーはバスタオル・手ぬぐい・トイレのタオル・着てきたコート(服)をそれぞれ掛けるのに4本必要だった。これこそ部屋に設置されていると思っていたので失敗だった。
※お手入れセット
ここぞとばかりにお試し用を使用したが、やはり普段使いのほうがお肌には良かったような気がする。シャワーは計3回使えたので、ボディソープが足りず買うはめになった。モンダミンも途中でなくなった。読みが甘すぎる。洗面器は持っていかなかったがやはり不要と感じる。
※ドライヤー
ナースステーションでも借りられたようだ。
※レンタルWi-Fi
夫が見舞いに来なかったのでギガを買った方が安かったかもしれない…。しかし遠慮することなく漫画が読めたのでまあいいか。
------------------------------------
8年前とは世相が違うし、そもそも病院自体が異なるので比較できないかもしれないが、今回の入院は総じて快適だった。看護師さんも親切だったし、説明も丁寧だった。ちなみに麻酔科医は変人とは程遠い真面目そうな若い先生だった。
子宮摘出という事態に、うろたえたのはむしろ周りの方だった。
母は「和田アキ子は子宮を取ったから男みたいになった」などとのたまった。なんつー失礼な発言を、とその時は諫めたものの、高齢である母のみならず、女性にのみ与えられたその臓器の一般的なイメージは、特別なもの、むしろ女性という性そのものと感じる向きがまだ大きいのかもしれない。
もちろんそれはただのイメージで、医学的には見当違いである。
もし私が経産婦であったなら、思うところは少なくなかったのかもしれない。
だが子ナシの自分にとって、子宮とは今や毎月血を垂れ流し激痛をもたらすだけの臓器でしかなかった。なければないで困ることは物理的に何もない。
あれやこれやと周囲から聞かされた(脅された)ものの、結果的に自分が得たのは、鼻の手術をして鼻呼吸ができるようになった時に感じた思いと何も変わらなかった。
あくまで「個人的には」だが、この決断で良かったと思っている。
この記録が、子宮摘出の手術に迷っていたり手術を前に不安に陥っていたりする世の女性の目に少しでも留まることあれば幸いである。
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入院四日目。
夫が風邪でダウンした。入院前から体調を崩しており、手術前日の医者からの説明では「旦那さんは病室で待っておいてもらいます」と言われたので、「俺ベッドで寝とくわ」と言っていたのだが、当日私を呼びに来た看護師さんに「旦那さんも来て下さい」と言われてしまった。
「えっ? ここで待ってていいんじゃ?」
「手術後のベッドの準備などがあるのでダメです(キッパリ)」
…やっぱり。
前の入院の付き添いに来た母も手術室前まで連れてこられたのだ。
で、さむざむしい待合室で何時間も待つはめになり、術後は術後で部屋の移動に荷物をまとめたり、私に水を飲ませたり部屋が暑いと窓を開けさせられたりとこきつかわれたせいで、すっかり悪化してしまったようだ。
が、なにもしてやれない。仕事納めで休むこともできず、ひとりで奮闘しているようだ。ただ頑張ってくれと病室から祈りを捧げるのみである。
私は私で至れり尽くせり。申しわけない。
朝に最後の点滴をして、あとは本を読んだりスマホで漫画を読んだりしていた。
五日目もスマホと本とテレビ。この頃になると、絶食直後はありがたくて仕方なかった病院食に味気なさを憶えてくる。塩分が足りない。お味噌汁が飲みたい。が、不思議と食欲は少なく、歩く練習がてら自販機や売店に行ってもカップスープを買う気にはならず、手に取るのはゼリーやプリンやビスコなど。しかし、こういった軽食代もなにげにばかにならないものだ。
六日目ともなると、検温や血圧測定が朝だけになる。歩き方もようやく人間へ進化した。テレビでは平成最後という言葉がやたら飛び交う年末特番目白押しだが、クリスマスから病室に引きこもっている身にはどこか遠い話に聞こえてくる。
七日目、ようやく退院。
朝イチで起こされるなり採血。結果が出たら内診、異状なければそのまま退院。もちろん数値は問題なし。
取り出したブツは手術後、ツレが確認させられたらしい。いわく「塩辛みたい」なモノだったそうな。筋腫摘出経験者からは、術後の麻酔醒めやらぬ中「これです、これが悪さしていたのです」と赤い塊を見せられたと聞いていたので、ここでは立会人に確認させるのかとホッとしていた。生々しいものは苦手ではないが、あえて見ようとは思わない。
が、最後の診察の場で、医者は私を前にしてパソコンにでかでかとそのブツ(前開き)の写真を表示した。
塩辛どころではない。保健の教科書に載っていたあのイラストそのものである。むしろ数センチの内臓を、お腹に穴みっつ開けただけでよくここまできれいに切り取れるものだ。むしろ感心した。
「これ、ここにあるのが筋腫です」
はっはー。確かにイラストにはなかった丸っこい塊が内部にくっついている。
…しかしできれば見たくなかったというのが本音だ。
年末のため、支払いは請求書で後日払うことになり、この日は預り金だけをおさめて帰った。ちなみに請求額は10万程とのことだった。
ほぼ病人状態の夫が迎えに来てくれたが、家に食料が皆無のため買い物して帰らねばならない。互いにフラフラだがスーパーに寄って数日分の食料を買い込み、なんとか無事に年を越せた。
夫が風邪でダウンした。入院前から体調を崩しており、手術前日の医者からの説明では「旦那さんは病室で待っておいてもらいます」と言われたので、「俺ベッドで寝とくわ」と言っていたのだが、当日私を呼びに来た看護師さんに「旦那さんも来て下さい」と言われてしまった。
「えっ? ここで待ってていいんじゃ?」
「手術後のベッドの準備などがあるのでダメです(キッパリ)」
…やっぱり。
前の入院の付き添いに来た母も手術室前まで連れてこられたのだ。
で、さむざむしい待合室で何時間も待つはめになり、術後は術後で部屋の移動に荷物をまとめたり、私に水を飲ませたり部屋が暑いと窓を開けさせられたりとこきつかわれたせいで、すっかり悪化してしまったようだ。
が、なにもしてやれない。仕事納めで休むこともできず、ひとりで奮闘しているようだ。ただ頑張ってくれと病室から祈りを捧げるのみである。
私は私で至れり尽くせり。申しわけない。
朝に最後の点滴をして、あとは本を読んだりスマホで漫画を読んだりしていた。
五日目もスマホと本とテレビ。この頃になると、絶食直後はありがたくて仕方なかった病院食に味気なさを憶えてくる。塩分が足りない。お味噌汁が飲みたい。が、不思議と食欲は少なく、歩く練習がてら自販機や売店に行ってもカップスープを買う気にはならず、手に取るのはゼリーやプリンやビスコなど。しかし、こういった軽食代もなにげにばかにならないものだ。
六日目ともなると、検温や血圧測定が朝だけになる。歩き方もようやく人間へ進化した。テレビでは平成最後という言葉がやたら飛び交う年末特番目白押しだが、クリスマスから病室に引きこもっている身にはどこか遠い話に聞こえてくる。
七日目、ようやく退院。
朝イチで起こされるなり採血。結果が出たら内診、異状なければそのまま退院。もちろん数値は問題なし。
取り出したブツは手術後、ツレが確認させられたらしい。いわく「塩辛みたい」なモノだったそうな。筋腫摘出経験者からは、術後の麻酔醒めやらぬ中「これです、これが悪さしていたのです」と赤い塊を見せられたと聞いていたので、ここでは立会人に確認させるのかとホッとしていた。生々しいものは苦手ではないが、あえて見ようとは思わない。
が、最後の診察の場で、医者は私を前にしてパソコンにでかでかとそのブツ(前開き)の写真を表示した。
塩辛どころではない。保健の教科書に載っていたあのイラストそのものである。むしろ数センチの内臓を、お腹に穴みっつ開けただけでよくここまできれいに切り取れるものだ。むしろ感心した。
「これ、ここにあるのが筋腫です」
はっはー。確かにイラストにはなかった丸っこい塊が内部にくっついている。
…しかしできれば見たくなかったというのが本音だ。
年末のため、支払いは請求書で後日払うことになり、この日は預り金だけをおさめて帰った。ちなみに請求額は10万程とのことだった。
ほぼ病人状態の夫が迎えに来てくれたが、家に食料が皆無のため買い物して帰らねばならない。互いにフラフラだがスーパーに寄って数日分の食料を買い込み、なんとか無事に年を越せた。
いよいよ入院当日。
前回は夕方入りだったのでそのつもりでいたら、朝イチ指定された。夫が仕事のため、ガラガラ荷物をひきずってひとりで入室。
前回は大部屋だったが、とにかく夜が苦痛で仕方なかった。鼻の手術のため術後は盛大にイビキをかくことで気を遣い、夜起きて昼眠っていたのだが、甚だしい騒音公害に隣のベッドの見舞い客が苦笑いしていたのが半覚醒の耳には届いていた。今回はゆっくり眠りたい。というわけで、是非にも個室希望だった。
午後から夫が合流して、再度医師から手術について綿密な説明が行われた。ちなみに医師がいちばん強調していたのが、退院後の性交渉の禁止だった。「大事なことなので二度言いました」とばかりに、この事項を破った場合恐ろしい事態になる(ナカから腸が出てくる)ことをくり返し説明してくれた。確かに大事なことには違いないが、「退院後すぐの週末の夜に多いのです」とまで生々しい話をされると、夫婦そろって沈黙するしかない。しかし医師は「旦那さんが仕事なら入院日の付き添いはお母さんでもいいですよ」と言っていたはずだが、母親を前にしても同じように言われたのだろうか…。夫に半休を取ってもらって本当によかった。
その後はナカの消毒、抗生物質の挿入。シャワーも使えた。昼ご飯と夜ご飯も出た。ヘルシーメニューのため今回も夜食を購入。そして9時消灯。個室だから眠れるだろうと睡眠薬はもらわなかったが、やっぱりぐっすりだった。むしろいつもより眠れた。
翌朝、6時起床。洗顔をすませると看護師がやってきた。
浣腸である。
下剤は飲んでいたが、浣腸もセットなのである。やはりお腹はからっぽにしないといけないということだろうか。
もちろん、初体験だ。「ですよねえー」などと気をまぎらわせてくれる看護師さん。そして効果はてきめん。「もうちょっと我慢できる?」と言われるのを待たずトイレへと走った。腰を下ろしながら、これからいざという時は下剤ではなく浣腸にしよう、と決意した。いざという時はなるべく来てほしくないが。
術衣と着圧ソックスを身につけ、手の甲に点滴を刺され、8時半頃手術室に向かう。
ちなみに前回の入院でも着圧ソックスをもらったが、普段使用しているメディキュットよりだんぜん緩いのですぐに捨ててしまった。今回もやっぱり緩かった。わざわざ履き方の説明書まで渡され、医師からは「履くのに何十分もかかる」と脅されていたのだが…。
手術台に横たわり、あれこれ装着され拘束され痛み止めだか抗生物質だかの薬を投入され、咳き込んで気分が悪くなったうちに麻酔が入り、いつの間にやら眠ったようだ。EXILEが流れていたことだけは憶えている。
そしてまたも「終わりましたよー」で目が覚めて、またもわけのわからぬうちに部屋へ戻され、わけのわからぬうちにもう恥ずかしくもなんともなくなった座薬を入れてもらい、わけのわからぬうちに安い方の個室が空いたからと移動され、寝たり起きたり、汗びっしょりになり、酸素マスクで口元が蒸れてかゆくなり、苦痛しかない意識がやっとはっきりしてきたのは夕方頃だった。
ようやく水を飲めたのもその頃である。夕方には飲めると聞いていたので、時計を見ながらまだかまだかと待ちわびている時間がとてつもなくつらかった。
そして眠れない夜を迎えた。
点滴、心電図、尿の管、酸素マスク、足のマッサージ器とあれこれつけられ落ち着かない。普段横向きで寝るため、仰向けのまま動けないのもつらい。座薬が切れてきて痛みもある。飲み薬をもらったがあまり効かない。尿の管が刺さってチクチクする。昼間寝たり起きたりだったから眠れない。ただ、まわりに気を遣わないで済むことはやはり大きな救いだった。
ポタポタ落ちる点滴を、早く終わってくれー、とひたすら見つめるばかり。翌日、すべての器具がはずされ、起き上がって自力でトイレに行けた時はホッとした。
なにげにいちばんつらかったのが尿の管。身体を動かすとチクチクし、抜く時も痛かった。
看護師さんが身体を拭いてくれたものの、早くシャワーを浴びたくてたまらない。が、まずは歩くことからである。医者からは「人類の進化」と形容されていたが、まさに類人猿からの出発である。背中を丸めお腹を押さえながらトイレ、そして自販機へと歩くことから始めた。
ちなみに昼食から普通食だったので、どんぶり素粥の悪夢は再現ならなかった。もちろん完食。おやつの残りまで食べた。
熱もなく、いたって経過は順調である。
前回は夕方入りだったのでそのつもりでいたら、朝イチ指定された。夫が仕事のため、ガラガラ荷物をひきずってひとりで入室。
前回は大部屋だったが、とにかく夜が苦痛で仕方なかった。鼻の手術のため術後は盛大にイビキをかくことで気を遣い、夜起きて昼眠っていたのだが、甚だしい騒音公害に隣のベッドの見舞い客が苦笑いしていたのが半覚醒の耳には届いていた。今回はゆっくり眠りたい。というわけで、是非にも個室希望だった。
午後から夫が合流して、再度医師から手術について綿密な説明が行われた。ちなみに医師がいちばん強調していたのが、退院後の性交渉の禁止だった。「大事なことなので二度言いました」とばかりに、この事項を破った場合恐ろしい事態になる(ナカから腸が出てくる)ことをくり返し説明してくれた。確かに大事なことには違いないが、「退院後すぐの週末の夜に多いのです」とまで生々しい話をされると、夫婦そろって沈黙するしかない。しかし医師は「旦那さんが仕事なら入院日の付き添いはお母さんでもいいですよ」と言っていたはずだが、母親を前にしても同じように言われたのだろうか…。夫に半休を取ってもらって本当によかった。
その後はナカの消毒、抗生物質の挿入。シャワーも使えた。昼ご飯と夜ご飯も出た。ヘルシーメニューのため今回も夜食を購入。そして9時消灯。個室だから眠れるだろうと睡眠薬はもらわなかったが、やっぱりぐっすりだった。むしろいつもより眠れた。
翌朝、6時起床。洗顔をすませると看護師がやってきた。
浣腸である。
下剤は飲んでいたが、浣腸もセットなのである。やはりお腹はからっぽにしないといけないということだろうか。
もちろん、初体験だ。「ですよねえー」などと気をまぎらわせてくれる看護師さん。そして効果はてきめん。「もうちょっと我慢できる?」と言われるのを待たずトイレへと走った。腰を下ろしながら、これからいざという時は下剤ではなく浣腸にしよう、と決意した。いざという時はなるべく来てほしくないが。
術衣と着圧ソックスを身につけ、手の甲に点滴を刺され、8時半頃手術室に向かう。
ちなみに前回の入院でも着圧ソックスをもらったが、普段使用しているメディキュットよりだんぜん緩いのですぐに捨ててしまった。今回もやっぱり緩かった。わざわざ履き方の説明書まで渡され、医師からは「履くのに何十分もかかる」と脅されていたのだが…。
手術台に横たわり、あれこれ装着され拘束され痛み止めだか抗生物質だかの薬を投入され、咳き込んで気分が悪くなったうちに麻酔が入り、いつの間にやら眠ったようだ。EXILEが流れていたことだけは憶えている。
そしてまたも「終わりましたよー」で目が覚めて、またもわけのわからぬうちに部屋へ戻され、わけのわからぬうちにもう恥ずかしくもなんともなくなった座薬を入れてもらい、わけのわからぬうちに安い方の個室が空いたからと移動され、寝たり起きたり、汗びっしょりになり、酸素マスクで口元が蒸れてかゆくなり、苦痛しかない意識がやっとはっきりしてきたのは夕方頃だった。
ようやく水を飲めたのもその頃である。夕方には飲めると聞いていたので、時計を見ながらまだかまだかと待ちわびている時間がとてつもなくつらかった。
そして眠れない夜を迎えた。
点滴、心電図、尿の管、酸素マスク、足のマッサージ器とあれこれつけられ落ち着かない。普段横向きで寝るため、仰向けのまま動けないのもつらい。座薬が切れてきて痛みもある。飲み薬をもらったがあまり効かない。尿の管が刺さってチクチクする。昼間寝たり起きたりだったから眠れない。ただ、まわりに気を遣わないで済むことはやはり大きな救いだった。
ポタポタ落ちる点滴を、早く終わってくれー、とひたすら見つめるばかり。翌日、すべての器具がはずされ、起き上がって自力でトイレに行けた時はホッとした。
なにげにいちばんつらかったのが尿の管。身体を動かすとチクチクし、抜く時も痛かった。
看護師さんが身体を拭いてくれたものの、早くシャワーを浴びたくてたまらない。が、まずは歩くことからである。医者からは「人類の進化」と形容されていたが、まさに類人猿からの出発である。背中を丸めお腹を押さえながらトイレ、そして自販機へと歩くことから始めた。
ちなみに昼食から普通食だったので、どんぶり素粥の悪夢は再現ならなかった。もちろん完食。おやつの残りまで食べた。
熱もなく、いたって経過は順調である。
入院まで一ヶ月を切り、荷物の準備を始めた。
前回入院した時は9月という中途半端な季節だったこともあるが、何を持って行ったのかほとんど思い出せない。
※パジャマ
手持ちのものはボロボロのヨレヨレなウン年選手しかない。これを機会とばかりに買いまくる。やはり前開きが便利だろうとは思うものの、退院してからも使いたいし、もろパジャマなものよりトップスがロングで部屋着を兼ねられるものがいい。そして手術後のお腹まわりは余裕のあるほうがいいような気がする。こんな望みをかなえてくれるのは、マイクローゼットの御用達である某通販サイトの、今まで一度たりとも覗かなかったマタニティのページだった。しかも2枚セットで割引がつく。色違いで2枚買っておいた。そして冬用パジャマを1枚、暑いかもしれないから長袖Tシャツ2枚、イージーパンツ2枚、シャツワンピース1枚。上着には夫のお古のカーディガンをもらった。
※ソフトブラ+ブラキャミ
冬物パジャマでカップ付きはなかなか巡り合えないので、ソフトブラを2枚購入。プラス自宅にあるブラキャミ3枚。
※パンツ
「下着はいつも綺麗なものを身につけなさい!」が、母親の教えであった。「突然事故に遭って病院に運ばれた時にきちゃない下着だとみっともない」というのがその理由らしい。その家訓に従い、そろそろ限界に近づいていた今の在庫をついでに買い替えることにした。しかし術後にはデカパンが必要と指示されていた。生理用品も指示された持ちものだったのでサニタリーショーツでも良かったのかもしれないが、蒸れてかぶれたりすることもあったので普通用デカパン5枚セットを購入。
※靴下
自宅にあるもので間に合わせるつもりだったが、スーパーに行くとたまたま猫柄のぬくぬく靴下が安売りしていたので2足衝動買いしてしまった。自宅にある2足で都合4足。
※タオル4枚・手ぬぐい3枚
パジャマを探すついでに見つけたインコのアクセント入りのタオルがなんだかかわいいので衝動買いしてしまった。忘年会で友人にもらったイノシシ(干支)タオルも持っていくことにした。乾きやすい手ぬぐいもお風呂用やお手拭きに必須である。
※バスタオル2枚
「いざという時」のためにもらいものを取っておいたのだが、ようやく「いざという時」がやってきた。
※ペットボトル用ストロー・蓋つきコップ
前回の入院時はストロー用のコップとストロー(1パック)を持ち込んだが、結局使わなかった。まったく思い出せないが、おそらくペットボトルでそのまま飲んでいたのだろう。ネットで読んだ体験談では便利グッズに入っていたので、万が一起き上がれない時に使おうと思い100均で購入。前回使ったコップは歯磨き用になっているのでこれも100均で購入。ただしストロー用ではない。
※箸&スプーン&フォークのセット
フォークはいらないだろうと思ったが、猫柄のケースがかわいかったので100均で購入。が、開けたら中身はどぎついショッキングピンク色だった…。
※タブレット
母が携帯ショップで店員の口車に乗せられて契約したものの、ほとんど使わないしそろそろ解約したいと言っていたので入院期間だけキャリーケースと一緒に借りることにした。が、充電器がないのでそれだけ買うはめに…。
※本
この日のために読まずにとっておいた『花だより みをつくし料理帖特別巻』『友罪』『墓標なき街(百舌シリーズ)』『翔ぶが如く四(読みかけ)』。
※練り梅
前回の入院の記憶は薄れても、これだけは一生忘れない。あのどんぶり素粥のまずさといったら…!
ちなみに前回の入院時の食事は、このどんぶり素粥と食べられなかった栗ごはんの記憶しかない。まさか手術後4日間3食素粥だったのか…? こまめに記録を取っておかなかったことが悔やまれる。そしておかずありの普通食と米を煮ただけの食事代が同じということにもひっかかる。
※S字フック、ハンガー2本
S字フックは日用品を入れた小さな袋をひっかけておけば身体を動かさずに済むという、入院時の必須アイテムらしいが、前回使うことはなかった。大部屋でパーソナルスペースが狭く少し手をのばせば荷物に届いたし、手術部位が顔面で身体を自由に動かすことができたからだろう。いちおう今回も持っていくことにした。
※お手入れセット
ドモホルンリンクルのお試しセット、おまけでもらったお試し化粧水、ルルルンのお試しパック、爪やすり、かみそり、毛抜き、シャンプー・トリートメント・ボディソープのお試しセット。前回は洗面器を持っていったにもかかわらずお風呂の案内がなく、看護師に訊く勇気(というか元気)もなかったので、一週間入浴なしだった…。今回は医師によれば入浴できるそうだ。
※ドライヤー
歳を重ねるごとに言うことを聞かなくなってくる髪の毛。そのままにしておいたらえらいことになる。売店にすら行けない。シャワーが使えるならいちおう持っていこう。
※レンタルWi-Fi
ギガを買うかWi-Fiにするか悩んだが、ツレが見舞いに来た時のことを考えてWi-Fiにした。一週間で送料込み約4,000円。ただ返送は返却日の23:59までにポスト投函するだけなのでギリギリまで使用できる。
※限度額認定証
前回の入院時は夫の扶養だったが今回は自分の健康保険のため、所得区分が一段階下がっている。個室代で割高になるであろうが。
前回入院した時は9月という中途半端な季節だったこともあるが、何を持って行ったのかほとんど思い出せない。
※パジャマ
手持ちのものはボロボロのヨレヨレなウン年選手しかない。これを機会とばかりに買いまくる。やはり前開きが便利だろうとは思うものの、退院してからも使いたいし、もろパジャマなものよりトップスがロングで部屋着を兼ねられるものがいい。そして手術後のお腹まわりは余裕のあるほうがいいような気がする。こんな望みをかなえてくれるのは、マイクローゼットの御用達である某通販サイトの、今まで一度たりとも覗かなかったマタニティのページだった。しかも2枚セットで割引がつく。色違いで2枚買っておいた。そして冬用パジャマを1枚、暑いかもしれないから長袖Tシャツ2枚、イージーパンツ2枚、シャツワンピース1枚。上着には夫のお古のカーディガンをもらった。
※ソフトブラ+ブラキャミ
冬物パジャマでカップ付きはなかなか巡り合えないので、ソフトブラを2枚購入。プラス自宅にあるブラキャミ3枚。
※パンツ
「下着はいつも綺麗なものを身につけなさい!」が、母親の教えであった。「突然事故に遭って病院に運ばれた時にきちゃない下着だとみっともない」というのがその理由らしい。その家訓に従い、そろそろ限界に近づいていた今の在庫をついでに買い替えることにした。しかし術後にはデカパンが必要と指示されていた。生理用品も指示された持ちものだったのでサニタリーショーツでも良かったのかもしれないが、蒸れてかぶれたりすることもあったので普通用デカパン5枚セットを購入。
※靴下
自宅にあるもので間に合わせるつもりだったが、スーパーに行くとたまたま猫柄のぬくぬく靴下が安売りしていたので2足衝動買いしてしまった。自宅にある2足で都合4足。
※タオル4枚・手ぬぐい3枚
パジャマを探すついでに見つけたインコのアクセント入りのタオルがなんだかかわいいので衝動買いしてしまった。忘年会で友人にもらったイノシシ(干支)タオルも持っていくことにした。乾きやすい手ぬぐいもお風呂用やお手拭きに必須である。
※バスタオル2枚
「いざという時」のためにもらいものを取っておいたのだが、ようやく「いざという時」がやってきた。
※ペットボトル用ストロー・蓋つきコップ
前回の入院時はストロー用のコップとストロー(1パック)を持ち込んだが、結局使わなかった。まったく思い出せないが、おそらくペットボトルでそのまま飲んでいたのだろう。ネットで読んだ体験談では便利グッズに入っていたので、万が一起き上がれない時に使おうと思い100均で購入。前回使ったコップは歯磨き用になっているのでこれも100均で購入。ただしストロー用ではない。
※箸&スプーン&フォークのセット
フォークはいらないだろうと思ったが、猫柄のケースがかわいかったので100均で購入。が、開けたら中身はどぎついショッキングピンク色だった…。
※タブレット
母が携帯ショップで店員の口車に乗せられて契約したものの、ほとんど使わないしそろそろ解約したいと言っていたので入院期間だけキャリーケースと一緒に借りることにした。が、充電器がないのでそれだけ買うはめに…。
※本
この日のために読まずにとっておいた『花だより みをつくし料理帖特別巻』『友罪』『墓標なき街(百舌シリーズ)』『翔ぶが如く四(読みかけ)』。
※練り梅
前回の入院の記憶は薄れても、これだけは一生忘れない。あのどんぶり素粥のまずさといったら…!
ちなみに前回の入院時の食事は、このどんぶり素粥と食べられなかった栗ごはんの記憶しかない。まさか手術後4日間3食素粥だったのか…? こまめに記録を取っておかなかったことが悔やまれる。そしておかずありの普通食と米を煮ただけの食事代が同じということにもひっかかる。
※S字フック、ハンガー2本
S字フックは日用品を入れた小さな袋をひっかけておけば身体を動かさずに済むという、入院時の必須アイテムらしいが、前回使うことはなかった。大部屋でパーソナルスペースが狭く少し手をのばせば荷物に届いたし、手術部位が顔面で身体を自由に動かすことができたからだろう。いちおう今回も持っていくことにした。
※お手入れセット
ドモホルンリンクルのお試しセット、おまけでもらったお試し化粧水、ルルルンのお試しパック、爪やすり、かみそり、毛抜き、シャンプー・トリートメント・ボディソープのお試しセット。前回は洗面器を持っていったにもかかわらずお風呂の案内がなく、看護師に訊く勇気(というか元気)もなかったので、一週間入浴なしだった…。今回は医師によれば入浴できるそうだ。
※ドライヤー
歳を重ねるごとに言うことを聞かなくなってくる髪の毛。そのままにしておいたらえらいことになる。売店にすら行けない。シャワーが使えるならいちおう持っていこう。
※レンタルWi-Fi
ギガを買うかWi-Fiにするか悩んだが、ツレが見舞いに来た時のことを考えてWi-Fiにした。一週間で送料込み約4,000円。ただ返送は返却日の23:59までにポスト投函するだけなのでギリギリまで使用できる。
※限度額認定証
前回の入院時は夫の扶養だったが今回は自分の健康保険のため、所得区分が一段階下がっている。個室代で割高になるであろうが。
手術までの間、「リュープリン」という生理を止める注射を3回打たなければならなくなった。
生理を止めるためで、疑似閉経状態になることにより更年期障害のような副作用が出るのだそうだ。医師曰く「しんどいかもしれないけど、10年後実際に閉経した時の練習と思って」。
更年期を迎えた母が真冬に扇風機を回していたことを思い出した。更年期障害の症状に遺伝があるのかは知らないが、もともと汗かき体質なので自分もホットフラッシュになるような気がする。まさにこれから寒くなる季節、職場の扇風機はすでに撤去されている。うちわを用意していった方がいいだろうか。しかし周りになんと説明しよう…。
ちなみに一回あたり8,000円ほどする。「保険適用…だよな?」と領収証を二度見した。子宮がん検診代を惜しんでいた頃が懐かしい。
最初の注射を打って数日後、何やら吐き気がする。これも副作用だろうか。しかし「気持ち悪い」と言いながらも、食欲はあるので普通に食事もできるし間食もする。単なる食べすぎだろうか。
一ヶ月後、次の注射の日に術前検査を受けた。内容は胸部X線や血液検査、心電図など、健康診断のようなものである。ちなみに40歳になったら人間ドックを受けるつもりで職場の健康診断をキャンセルしていたので、ちょうどよかった。人間ドックどころではなくなってしまったが。
術前検査では、健康診断にはない呼吸機能検査というものがある。口呼吸だけの状態で、最初は普通に呼吸し、検査技師の合図で強く吸って吐くことで肺活量などを調べるためのものである。前回の入院前、この検査をはじめて受けた時、それまで「はい、吸ってー、吐いてー」と普通にニコニコしていた女性の検査技師が、突如として「はい、吐いてー! 吐いて吐いて吐いてーーー!!」とスポ根ドラマに出てくる鬼コーチのように豹変し、ビックリすると同時に笑いがこみあげてきてうまくできなかった(検査結果には影響なかった)。
今回も物腰穏やかな若い男性の技師だった。
「吸ってくださーい」「吐いてくださーい」
いよいよその時が近づいてくる。
「はいっ、吐いてー! 思いっきり吐いてー! モニター吹き飛ばすくらい吐いてーーー!」
できるかー!
心の準備はできていたものの、今回も息を吐くより笑いをこらえるのに必死だった。きちんと吐き切らないと正しい検査結果が出てこないし全身麻酔の手術を受けることもできなくなるのであろうが、なぜ誰もかれもスポ根系鬼コーチに変貌するのだろうか。廊下にまで響くような大声を出されて、お年寄りや子どもはビビったりしないのだろうか。
ちなみに今回も検査結果に問題はなかった。
ひととおり検査を終え、吐き気について医師に相談すると、「まあ、更年期の症状だからね。将来的にそういう症状が出るのかもね」という回答だった。とりあえず吐き気の薬をもらった。
この日のお会計は注射とあわせて14,000円。oh…。
数日後、突然上半身がカーッと熱くなるようになった。突然寒くなったのでこたつやストーブを出したため、部屋の温度が上がったせいかなと思った直後にはサーッと寒くなる。これがいわゆるホットフラッシュというやつか。検査日まで症状がなかったので、「ホットフラッシュはありません」と断言してしまったところだ。
しかも12月になると頻度が増えた。部屋干しの洗濯物を乾かすため扇風機を出していたのだが、流れてくる風が案外心地よい。吐き気も夕方になると薬が切れるのかひどくなる。夕食後まで我慢するが、なかなかしんどい。夜中もやたら目が覚めるようになる。吐き気のせいか更年期障害のせいか、単純にトシのせいなのか…。
手術までの我慢(正確には術後1~2ヶ月は続くらしい)と思えば耐えられないことはないが、来たる更年期が怖い。M-1後芸人がほざいた更年期障害発言には殺意が湧くほどだった。
生理を止めるためで、疑似閉経状態になることにより更年期障害のような副作用が出るのだそうだ。医師曰く「しんどいかもしれないけど、10年後実際に閉経した時の練習と思って」。
更年期を迎えた母が真冬に扇風機を回していたことを思い出した。更年期障害の症状に遺伝があるのかは知らないが、もともと汗かき体質なので自分もホットフラッシュになるような気がする。まさにこれから寒くなる季節、職場の扇風機はすでに撤去されている。うちわを用意していった方がいいだろうか。しかし周りになんと説明しよう…。
ちなみに一回あたり8,000円ほどする。「保険適用…だよな?」と領収証を二度見した。子宮がん検診代を惜しんでいた頃が懐かしい。
最初の注射を打って数日後、何やら吐き気がする。これも副作用だろうか。しかし「気持ち悪い」と言いながらも、食欲はあるので普通に食事もできるし間食もする。単なる食べすぎだろうか。
一ヶ月後、次の注射の日に術前検査を受けた。内容は胸部X線や血液検査、心電図など、健康診断のようなものである。ちなみに40歳になったら人間ドックを受けるつもりで職場の健康診断をキャンセルしていたので、ちょうどよかった。人間ドックどころではなくなってしまったが。
術前検査では、健康診断にはない呼吸機能検査というものがある。口呼吸だけの状態で、最初は普通に呼吸し、検査技師の合図で強く吸って吐くことで肺活量などを調べるためのものである。前回の入院前、この検査をはじめて受けた時、それまで「はい、吸ってー、吐いてー」と普通にニコニコしていた女性の検査技師が、突如として「はい、吐いてー! 吐いて吐いて吐いてーーー!!」とスポ根ドラマに出てくる鬼コーチのように豹変し、ビックリすると同時に笑いがこみあげてきてうまくできなかった(検査結果には影響なかった)。
今回も物腰穏やかな若い男性の技師だった。
「吸ってくださーい」「吐いてくださーい」
いよいよその時が近づいてくる。
「はいっ、吐いてー! 思いっきり吐いてー! モニター吹き飛ばすくらい吐いてーーー!」
できるかー!
心の準備はできていたものの、今回も息を吐くより笑いをこらえるのに必死だった。きちんと吐き切らないと正しい検査結果が出てこないし全身麻酔の手術を受けることもできなくなるのであろうが、なぜ誰もかれもスポ根系鬼コーチに変貌するのだろうか。廊下にまで響くような大声を出されて、お年寄りや子どもはビビったりしないのだろうか。
ちなみに今回も検査結果に問題はなかった。
ひととおり検査を終え、吐き気について医師に相談すると、「まあ、更年期の症状だからね。将来的にそういう症状が出るのかもね」という回答だった。とりあえず吐き気の薬をもらった。
この日のお会計は注射とあわせて14,000円。oh…。
数日後、突然上半身がカーッと熱くなるようになった。突然寒くなったのでこたつやストーブを出したため、部屋の温度が上がったせいかなと思った直後にはサーッと寒くなる。これがいわゆるホットフラッシュというやつか。検査日まで症状がなかったので、「ホットフラッシュはありません」と断言してしまったところだ。
しかも12月になると頻度が増えた。部屋干しの洗濯物を乾かすため扇風機を出していたのだが、流れてくる風が案外心地よい。吐き気も夕方になると薬が切れるのかひどくなる。夕食後まで我慢するが、なかなかしんどい。夜中もやたら目が覚めるようになる。吐き気のせいか更年期障害のせいか、単純にトシのせいなのか…。
手術までの我慢(正確には術後1~2ヶ月は続くらしい)と思えば耐えられないことはないが、来たる更年期が怖い。M-1後芸人がほざいた更年期障害発言には殺意が湧くほどだった。
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