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かすむ夜の光を花とにほふにぞ月のかつらの春もしらるる(二条為明)

・彼女がその名を知らない鳥たち:★★★★☆
 
いい映画ですね。終盤の展開はミステリーとしても人間ドラマとしても衝撃的で、鳥肌が立ちました。陣治の行動は好き嫌いが別れるでしょうが、僕は十和子を純粋に愛していたと思います。職場に十和子レベルの容姿と若さで複数のイケメン既婚者に弄ばれてる女がいて、そいつと仲は良いので、十和子の生き方も不快ではなかったです。人はいつ真実に気づくかだけですからね。

・シッコ:★★★☆☆

僕ももうおっさんなので、「アメリカ最悪!イギリスやフランスは素晴らしい!」とは思いませんし、英仏も映画には映っていない闇の部分があるとは思いますが、医療制度のドキュメンタリーを2時間退屈せずに見せるというのはすごいと思います。ただ、マイケル・ムーアは初めて観ましたが、思ってたより大したことしないんですね。もっと無茶する奴だと思ってました。

・レスラー:★★★★★
  
社会で上手く生きていけない孤独な主人公の話です。しかしそれは自分のせいなので、同情の余地はありません。最後、死の危険があるのにリングに上がったのも自分の判断です。何回もフラれまくったストリッパーが最後はほだされて一緒になると言ったのに、それでもリングに上がります。そんな主人公の生き方が、哀しいというか切ないというか、とにかく心に刺さりますね。


・アメリカン・ピーチパイ:★★★☆☆
 
さすが隠れた名作として有名なだけあって、ジャケットやタイトルからは想像つかないぐらいよくできた映画です。ただ、デュークに顔と体格以外まったく魅力を感じないので、どうしてヒロインはこんな男を好きになったんだと疑問に思うところが大きなマイナスですね。男装したヒロインは普通に男に見えましたし、脇役にも魅力的なキャラクターが多かっただけに残念です。

・七つの会議:★★★☆☆

ストーリーはベタな勧善懲悪で何のひねりもありません。演出や撮影にも光るものは何もありません。主役を演じる野村萬斎は明らかに只者ではないオーラがあり、サラリーマン役は合いません。しかし、娯楽映画として割り切れば、僕のようなうだつのあがらない社会人のおっさんは、仕事で色々ストレスが溜まっているので、こういう映画で溜飲を下げ楽しめますね。

・言の葉の庭:★★★★☆
  
この監督は毎回背景描写が上手ですが、この作品も雨が降った時の公園の描写は本当に綺麗ですし、味覚障害や和歌の伏線の貼り方も上手いです。「七つの会議」の監督には全く感じない繊細なクリエイターとしての才能をひしひしと感じます。しかし最後靴を渡さないのは僕はやっぱり納得できないですね。ジャケットにも書いているように恋愛映画ではないのはわかるんですが。

・ドッグヴィル:★★★☆☆
 
簡素すぎるセットは人物に集中できますし、色々な人間が同時に見えるのでこういう映画には向いているかもしれません。終盤は父娘で受容だの傲慢だのわけのわからない議論をしていましたが、僕のように宗教に全く興味がない人は、全員性格もクズで能無しの村人達への復讐にカタルシスを感じたらこの映画を楽しめます。それにしてもこの監督は女を虐める描写が上手ですね。

・-less[レス]:★★☆☆☆

よくまとまってはいますし、道中家族間で暴露合戦が始まったり、エンディングロールの最後にブラックユーモア溢れる家族写真を出したりなど差別化に頑張ってはいるのですが、よくあるパターンのサスペンス映画でした。僕のようにこういう映画をよく観ている人は開始数分でオチはわかります。あと、結局オヤジの居眠り運転が不幸の原因というのも感情移入しづらいです。


・1408号室:★★★☆☆

1408号室に入るまでは面白かったんですけどね。いい俳優を使っているだけあって主人公と支配人の会話も緊張感がありました。いや入ってからしばらくの間の小さい仕掛けも良かったです、ただ、だんだん仕掛けが大味になってきてみるみる失速していきました。死んだ娘や別居した嫁を絡ませるのもベタでつまらないですね。風呂敷の広げ方だけは上手かった映画です。

・思い出のマーニー:★☆☆☆☆
 
絵はきれいで作品の雰囲気もジブリっぽいんですが、作り手の言いたいことがまるで響かず、アニメである理由もない作品です。宮崎駿のすごさがわかりますね。全くかわいそうと思えない主人公の自己憐憫にイライラし、この主人公は最後は明るく元気で素直ないい子になるんですがその理由もわからず、マーニーとの関係性が分かっても何の感動もなくで、全然ダメでした。

・ブリムストーン:★★★★☆

ただの変態DVオヤジの話なんですが、緊張感があって格調も高く、構成も巧みでいい映画です。主人公は何も悪いことしてないのに酷い目ばかり遭いますが、99%牧師のせいですから宗教も救いになりません。この時代の女性に限らず世の中何も悪くない人も酷い目に遇いますし、それでも強く生きていく主人公の生きざまは素直に感動しました。ラストの逮捕はやりすぎですが。

・翔んで埼玉:★★★☆☆

ラスト以外はだれることなくそれなりに楽しんで観られたので、娯楽映画としてはまあまあの映画だと思います。僕の郷土が関東地方ならもっと楽しめたなと思うのが悔しいですね。職場で席が隣の埼玉県出身の職員は絶賛していましたしね。ただ、僕も若い頃に埼玉に何か月か住んでいたので、埼玉県にとっての東京は池袋ということは理解できました。僕もよく池袋にいました。

・オキュラス/怨霊鏡:★★☆☆☆
 
過去と現在が同時進行に描かれ、場面場面がシンクロする珍しいホラーです。過去の部分は鏡が見せている幻影だよとも解釈できますし、アイデアとしては破綻はしてないんですが、あまりにも現実と過去が交差しすぎて観ていて落ち着かなくてイライラしました。姉の勝負を挑む気持ちは応援したいのですが、幻影使いの鏡があまりにも強すぎるので無理ゲーすぎるのも難点です。

・ワナオトコ:★★★★☆
 
「SAW」のパクリ映画を何十本と観ている僕でも、この映画は予想外に面白かったですね。タイトルはイマイチですが。終始緊張感がありますし、主人公が一回家を出て助かったのに女の子を助けに戻るところも、ご都合主義と腹が立たなかったので、人物描写もできているんでしょう。殺人鬼の蜘蛛には優しいところやラストの箱を蹴るシーンもどこかユーモラスで良かったです。

・鑑定士と顔のない依頼人:★★★☆☆
 
クレアの「何が起きようとあなたを愛している」の言葉が偽物の中の唯一の真実として、それを信じてナイト&デイで待つ、愛を知った主人公で終わる、ハッピーエンドかバッドエンドかよくわからない余韻があるラストはさすが巨匠だと思いましたが、結局は「マッチスティックメン」と同じオチの、全員悪人の映画ですからね。ミステリーとしてはそんなに面白くなかったです。

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9/24・26・27 vsF ●●○

いったいどういうつもりなんだ、と言いたい。ここまで金子を打てないなんて理解不能です。工夫工夫と、このところ監督は同じことばっかり言っていますが、ほんとうに工夫するつもりはあるのかい。てか、それは監督の仕事なんでないかい。
オリックス相手ならまだイケる、と思って金子が移籍したのなら、こんな情けないことありません。
情けないことは続くもので、札幌に移動したゲームでは杉浦にあやうく完全試合をくらいそうになる始末。消化試合に強いオリックスはどこへ行ったのやら、このまま全敗で終わるのではないかと危惧された日ハム最終戦、さすがにタイトルがかかると野手も目の色変えるのか、相手のお試し投手陣を打ち崩し、山岡も中5で勝負がけした甲斐もあって見事13勝達成、最高勝率のタイトル獲得! 最下位のオリックスでよく頑張りました!
防御率的にはちょっと物足りないところはあるにせよ、ルーキーイヤーから無援護に耐えてきましたし大目に見ましょう。シーズン前はエース格が抜け、次のエースとして期待されましたが、離脱もせずよくぞここまで成長したものです。
しかし、吉田正の首位打者はいよいよ厳しくなりましたね…。9月に入って成績を落としたのが痛かったですね…。
首位打者(暫定)・打点王・本塁打王をそろえた西武が優勝するのも無理からぬ話です。M2から西武勝ち・ソフバン負けでの決定でした。ソフトバンクは中4で千賀を立て、9回には最後の捕手に代打を出してまで勝負に行きましたが、逆転優勝はかないませんでした(しかし、もし追いついた場合誰が捕手になったのかは気になる…)。
優勝した瞬間から、CSに脅える我が家の西武ファン。贅沢な悩みだこと!


9/28 vsH △

土曜日はラグビーの興奮冷めやらず、まったく観ていなかったのですが、勝てた試合だったような…。途中から主力は交代していましたし…。まあこちらもロメロ抜きでしたが。荒西は来季の飛躍に期待です。宜保はだいぶ一軍に慣れてきたようです。しかし相手の高卒新人が初打席であっさりヒットを打っているのを見ると、太田はもったいなかったような。
1番に据えてヒット量産を期待された吉田正でしたが、あえなく5-1(1HR)と不発。最終戦で6-6が必要となり、実質首位打者獲得は来季へ持ち越しとなりました。それでもこの貧打線で唯一マークされる存在ながらこの数字は称賛に値します。吉田正がいなかったらと思うとゾッとしますから。


9/29 vsH ○(最終戦)

山本タイトル獲得オメデトウ!
しかもその防御率は1点台!! スバラシイ!!
途中危なっかしいところはありましたが、やはり日本代表クラスの投手という評価に疑うところはありません。プレミア12にも出るのかな? できれば脇腹のケアに専念してほしいですが、オリックス山本の凄さを日本中に見てほしいところもあるし…。
試合前の公示が出て「ん!?」と二度見してしまいました。「なに、Tも最後の顔見せか?」…なんて皮肉な気持ちになってしまいましたが。
あの出囃子がなった瞬間、球場から沸き起こった歓声を聞いたかよ、T。
やっぱりかつてのスイングには程遠い三振だったけれど、ベンチに帰る背中に送られた万雷の拍手を感じたかよ、T。
まあ、決めるのは本人に託されているのだから好きにすればいいけどさ。
そして試合はオリックスリードのまま、山本から澤田、神戸と、新しい力がつないだ最終回。
岸田が最後のマウンドに立ちました。
やっぱり、岸田には京セラの9回が似合う。できれば最後まで締めてほしかったけれど、さすがに最初のひとりだけでした(ありがとう高田! 結果を残さないといけない立場であろうに…)。
スタンドには伊藤・金子・西・こんどうの姿もありましたね。ビデオメッセージには馬原もコメントしてくれました。あの頃(主に2014)が懐かしい。各球団のさまざまな選手の引退セレモニーを観ては涙ぐんでいますが、時代の移りかわりを感じてしみじみします。平野の声だけ(矢印の先?)VTRには笑っちゃいましたが。
「優勝したかった」という岸田の思いは真実だと感じます。これからのオリックスの躍進を断言する言葉にも嘘はないと思います。ベンチ前で聞いていた選手たちも、その思いをしっかり受け取ったと信じたいです。

終わりよければ全て良し、とは言いますが…。
セもパもこれだけ熱い順位争いを見ていると…。
せめて、CS争いには絡んでほしかった…。

最高勝率・最優秀防御率・打率2位の選手を擁して、圧倒的最下位なんておかしいやん…。

来季は頼むよ…。





『監察医 朝顔』
質感の良い作品、とでも言いますか、最初から最後までテーマがしっかりしており、テンポや雰囲気も一定だったので、落ち着いて観られました。
人の死というのは非日常的でありながら、毎日のようにどこかでくり返されている必然の営みで、そして誰もがその瞬間まで生きていたという事実があり、その積み重ねは何人にも侵されない尊いものです。そしてその死の原因を追究することが積み重ねられた生の尊さをより照らし出すものであるということを、解剖を通して描いていたように感じました。
上野樹里の淡々とした中にも感情の揺れ幅を感じさせる演技が秀逸でした。講義の場面はワンカットで撮影されたそうですが、興味なさげだった学生たちがいつしか姿勢を正して聞き入っていたように、惹きつけられるものがありました。一見個性的な茶子先生も含め、造形的には割と平坦なキャラばかりでしたが、決して退屈することなく全話集中して観られたのは、やはり質感の良い脚本と演出のおかげでしょう。世界観を凝縮したような主題歌も良かったです。

『なつぞら』
100作目と気合を入れていた割には、ちょっと物足りなさを感じる朝ドラでした。
やはり、半年間で十勝とアニメを全部盛り込むには無理があったような。十勝の開拓をメインにするなら夕見子の生き方でもじゅうぶん見ごたえある作品になったでしょうし、黎明期のアニメはジブリ作品の原型や声優という職業の誕生も含めて非常に面白かったので、途中からほとんど製作過程の描写がなかったのがとても残念です。ワーキングマザーの問題もしかり、すべてが中途半端でした。
モデルとなったアニメーターも出産後は周囲を巻き込んで奮闘されたようですが、会社と闘ったことは同じでも、会社の入り口でひと悶着したり子どもを背負いながら原画を描いたり、実際の話のほうがよほどドラマチックでした(そういえば私も物心つき始めた頃母の職場に連れていかれたことがあったような…当時はめずらしくないことだったのかもしれません)。都合よく登場した茜さんや兄夫婦まかせにするよりも、リアルに即したほうがなつの開拓精神を描けたような気がします。
朝ドラヒロインは個性的な脇役に巻き込まれるか、みずからの個性で突っ走るか、のどちらかになりがちですが、前者の典型である『あまちゃん』はアキ自体のキャラがブレていても超強烈な脇役俳優と脚本のおかげで最後まで持っていけましたし、後者タイプの『カーネーション』や『あさが来た』も幾多の困難をその個性で乗り越えることに矛盾ないよう描かれていました(同時放送で比較されることになってしまった『おしん』も、意外と主人公は個性的系)。
しかしなつの場合、戦災孤児という出自は人生に差す陰のひとつではありましたが、家族に恵まれたおかげでそれを引きずることなく成長したため、個性のないキャラになってしまったうえ、周囲もなつに対し良識的に接する人間ばかりでこれといった敵キャラも登場しなかったために、就職や育児という人生の困難をやすやすと飛び越える(ように受け取れる)展開になってしまったことが、物足りなさを感じる大きな原因です。浮浪児であることを引きずらずに育ったなつや咲太郎(と、信さんも)に対し、ずっと陰を背負うことになってしまった千遥が最後に登場してメインキャラを食ってしまったのも仕方ない話です。
それでも終盤、千遥との再会や、『ソラ』からつながるオープニング、『ソラ』を見ながら開拓時代に思いを馳せるじいちゃんの姿などには胸を打たれました。そして最終回、十勝の丘で『火垂るの墓』を思わせる作品の構想を語るシーンもラストにふさわしい美しいカットでした(実はこのラストシーン、かなり前にネットニュースを読んでいたら最後にさらっとネタバレされていたのだ…許せん…)。
広瀬すずののっぺりした演技も物足りなさに拍車をかけていましたが、「100作目! 豪華キャスト!」と煽るなら、こんな平凡なキャラ群&展開にすべきではなかったような気もしますね…。










舞台はチューリップの高騰に沸く17世紀のオランダ。孤児院から中年の豪商に嫁いだソフィアと若手画家ヤンの熱情的な恋を描いた作品です。
フェルメール展とタイアップしていたことは知りませんでした。確かに主人公の纏う青いドレス、姉妹のように接する女中と共有する秘密、自然光に照らし出される部屋と恋…すべてがフェルメールの描く世界のようで、絵画の中にいざなわれたような気持ちになります。
ソフィアは跡継ぎを産むために迎えられた後妻。顔も見たことのない、しかもずっと歳上の相手、それでも幼い妹たちのために結婚以外の選択肢は与えられませんでした。何不自由ない暮らしとはいってもお金持ちにはお金持ちの苦労があるもので、行きたくもない会合に連れまわされて唯一の息抜きは女中の買い物の付き添いという、まるで籠の中の鳥のような息苦しい生活。そして何よりも重荷だったのは毎晩の夫婦の営み。衰えはじめている夫にとって跡継ぎを産むための行為はムードもへったくれもなく、それに付き合わされるソフィアにとっては苦痛以外のなにものでもありませんでした。
いっぽう、女中のマリアは魚屋のウィレムという恋人がいました。マリアから聞くふたりの恋物語に、ソフィアはきっとあこがれを抱いていたに違いありません。自分はこのままサンツフォールト家の跡継ぎを産むまで夫に挑まれ続け、産んだら産んだでこの屋敷に閉じ込められ、産まなかったら産まなかったで修道院に返され修道女になるだけ、恋というものには一生縁がないはずでした。
そんな籠の中に飛び込んできた、突然の出逢い。
目と目を交わした瞬間帯びた熱、それがすべてのはじまりでした。
彼の一挙手一投足が気になって仕方ない。経験したことのない感情をもてあまし、一度は彼を遠ざけようとしたソフィアでしたが、あふれる想いを断ち切ることなどできませんでした。転がり落ちるように欲望の海へ溺れていくふたり。一方、マリアとの結婚生活を夢見てチューリップで一山あてたウィレムは、変装してヤンの家を訪ねるソフィアをマリアと勘違いし、傷心のあまり有り金を失うどころか海軍に連れ去られてしまいます。行方不明になったウィレムの子を身ごもったマリアは途方に暮れていました。恋に熱吹くソフィアは、一計を企てます。しかしそれは、破滅のはじまりでもありました。
恋はいつの時代も、人を狂わせます。どれほど先人の過ちを耳にしていても、結局同じ轍を踏み続けてしまいます。それは間違いの恋が、間違いであればあるほど人の心を揺さぶるからです。
愛なき結婚を強いられたソフィアがはじめて恋を教えてくれたヤンと結ばれ幸せになる。人の道にはずれているとわかっていても、そんな結末を、どこかで望んでしまうのです。
しかしその思いは、ソフィア(実はマリア)の出産の際のコルネリスの態度で変わっていきます。
妻の妊娠を望み、妊娠したら男子を望む夫。かつて死に瀕した妻と子を前に子の無事のみを願った夫。跡継ぎを産むためだけに若い妻を求めた夫。遠くに愛人を持つ夫。夫は自分のことなど愛していないと思っていました。自分に愛を教えてくれたのはヤンだけのはずでした。
しかし、夫は産まれてくる子よりソフィアを選びました。死を擬した彼女の前で、嘆き続けました。ソフィアは、はじめて自分が愛されていることを知りました。
ヤンが時間どおりにソフィアを迎えに来てくれていたなら、それでもソフィアはヤンとの恋に身を投じていたかもしれません。しかし、棺の中、そしてヤンを待つ間に生まれてきた夫への思慕により、ソフィアはみずからの愚かさを思い知らされたのです。しかし、駆け戻った屋敷にもうソフィアの居場所はありませんでした。彼女はもうこの世には存在しない人間なのです。
海から戻ってきたウィレムとマリアの会話で、ことの顛末を知ったコルネリス。妻を失い、そして遺子も自分の子ではないことを知った彼は、誰を責めることもなく、屋敷のすべてをマリアに託し、ひとりインドへ旅立ちます。もっとも愛のない人間と思っていたコルネリスでしたが、実はもっとも深い愛を持ち得ていたのは、実はコルネリスだったのかもしれません。それも彼が多くを失ってきて、そしてそれはみずからが罪深き人間ゆえと悟ったからなのかもしれません。
恋に溺れ、恋のためにすべてを失ったソフィアとヤン。
一度は心破れた彼らも、コルネリスのように大きな愛を持ちうることができるでしょうか。
人の心を揺さぶるのは恋。人の心を救うのは愛。
そのどちらも生きていくには必要な命の欠片。
歳月を経て、ふたたび目を交わしたふたり。そこにもう恋の熱情はありません。ただ、広い意味での愛はもしかしたら生まれるのかもしれません。それは彼らを見守る神のみぞ知る世界の話。













最悪の出逢いから恋に落ちたふたり。夢に向かう道の途中で時にはぶつかり合い、時には支え合い、やがてそれぞれの努力は実を結ぶ…。
ミュージカル調で描かれるベタベタな展開、オープニングは渋滞の高速道路で始まる陽気な歌とダンス。暗い映画を観たあとに、連休最後くらいは明るく楽しく! と選んだこの作品でしたが、地上波放送の録画だったので吹き替えがイマイチだったのと、意外なラストにちょっと肩透かしをくらいました。
しかしあとあと反芻してみると、やっぱり高い評価を受けたことも納得の、心に深くしみいるミュージカルでした。
女優を目指すミア、ジャズに人生を捧げるセバスチャン。
LA、それは夢のような場所であり、もっとも現実的でもある場所。オーディションで瞬殺されるミアは悲しく、開店資金を貯めるため方向性の違うジャズバンドに参加するセバスチャンは切ない。それでもふたりはLAの夜空に夢を描く。恋というしあわせのかけらを握りしめ、また厳しい現実に立ち向かう。
夢も愛も、愛する人の夢も手に入れたい。そんな最高級の贅沢が実現するはずもなく、ふたりが選択したのは結局、互いの夢でした。しかし互いの手が互いの背を押さなければ、決して叶わない夢でした。
別々の場所で生きることを選んだ5年後、セバスチャンの店で再会したふたり。
セバスチャンの指が紡ぐメロディーが、もうひとつの未来を描き出しました。
セバスチャンがもしミアと一緒にパリに行っていたらという未来。そこでミアは現実世界と同じように女優として成功をおさめ、セバスチャンはパリのジャズバーで演奏家になる。子どもが生まれ、デートにも出かけ、しあわせなふたりの姿が描かれる。
でもそこに、セバスチャンの夢は存在しません。
夫を連れて偶然とはいえセバスチャンの店に入ってきたミア。ふたりの間に、どんな5年間があったのかはわかりません。正式にお別れしたのか、自然消滅だったのか。少なくとも、ミアはセバスチャンが自分の提案した名前で店を開いていることを知りませんでした。セバスチャンが隣の夫に気づかないわけはなく、ミアの胸に罪悪感が生まれなかったとは思えません。
そんなミアに、セバスチャンはもうひとつの未来を見せました。
自分の夢は叶わなかった未来を。
今こうして、自分は夢を叶えたんだ。だから、これで良かったのだと。
ミアはセバスチャンの夢を、セバスチャンはミアの夢を、それぞれが互いの夢を尊重した結果、恋は終わりを迎えたけれど、ふたりの愛は夢を実現させたのです。
ならば。もしかしたらふたりは、夢も愛も愛する人の夢も手に入れたのかもしれない。
つまりこのラブストーリーは、最高級に贅沢なハッピーエンドを迎えたのかもしれない。
太陽の下の賑やかな高速道路から始まり、静かな夜の小さな店で幕を閉じた、LAの片隅の物語。
切なくて、それでもしあわせで満たされるミュージカルでした。

【ヤスオーの回想】
 僕はこの映画を「ヤスオーのシネマ坊主」では最初5点満点で★3を付けました。そもそも僕はミュージカルが好きではないのでほぼ見ないのですが、職場の映画好きの部下2人が何回も勧めるので、職場の人間関係を円滑にするため渋々見たんです。この部下2人は女性なのですが、観た直後は、やっぱりあいつらが勧めるだけあって案の定女目線のストーリーだなあ、女が夢叶えてハリウッド女優になり、地元のしがないジャズバーの店長を捨てて金持ちっぽい奴と結婚して、うまいこと子どもまで作って離婚しても養育費がっぽり、まさに女目線の人生バラ色ハッピーエンドやんと。
 さや氏もこの映画を観ていて、ラストはびっくりすると言っていましたが、この監督は「セッション」を作った奴ですから、恋と仕事の成功の両方を成就させるような甘ったれた映画は絶対に作らないので、僕はびっくりしなかったですね。2人が結ばれないラストは恋愛至上主義のバカな女が怒るから、終盤にバーの店長と結婚する未来をミュージカルで流し、2人を再会させて、きれいに終わらせたのは上手いなあと思いましたが。
 しかし、「オアシス」と同じく、この映画もずっと心に引っかかるんですよ。こういう観てから何か月も心に残る映画は、今までの経験上★3レベルの映画ではありません。そして何回も思い出して考えていると、やっぱり僕の解釈が浅かったという結論に至りました。僕はヒロインが恋か夢かで夢を選び、最後恋を選んだバージョンをミュージカルで流して、ヒロインの冷たさをぼかしていると解釈していましたが、こんなくだらない解釈を一瞬でもしてしまった自分の感性のなさが恥ずかしいですね。
 恋バージョンの妄想ミュージカルは、2人が出会ったらすぐにキスしています。男の方は好きではないバンドの仕事はしていません。ヒロインの1人芝居は成功しています。これはすべてありえなかった過去ですからね。つまりこの流れの未来はありえないんです。この過去じゃないと2人がくっつかないということは、この2人はそもそも結ばれる運命にはなかったんです。そもそもこの2人は、決して互いへの愛情を夢より軽んじてたわけではないですからね。だから別れる以外の選択肢はなかったんです。しかし、この決して結ばれることのない2人が出会わなかったら、2人共間違いなく夢は叶っていないですし、幸せにもなっていないでしょう。
 選ばなかった方の現実ではなく、完全に妄想の中の世界だと考えると、ありえなかった過去が存在するのもつじつまが合います。くっついただの別れただの、恋より夢を選んだだの、そういう現実の世界に即したものではありません。そしてこの妄想ミュージカルは2人が再会した時に始まるので、妄想は2人が共有しているものです。
 そう考えると、この2人っていったいどういう間柄の存在なんでしょうね。別れていますし、おそらくもう2度と会うこともないだろうけど、2人の妄想の中では一緒に愛を育んでいるんです。まあ、「セッション」を作ったちょっと頭のおかしい監督ですから、愛情は、現実に一緒で過ごすとかは関係なく、2人の頭の中だけにある世界、つまり現実の世界とはかけ離れた次元のものと言いたいのでしょう。ちょっと何を言っているかよくわかりませんし、僕の愛情に対する解釈とはかけはなれたものですが、そういう理屈では解釈できないところに訴えてくる映画が、いわゆるいい映画なのは間違いないです。★は3から4にこっそり変えました。
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